繋がり。***13



目が覚めるとお母さんが泣いていた。お父さんはお母さんの隣で怖い顔をしていた。
何故かボクは一人部屋にいて、シオンもクレアもいなかった。お腹がとっても痛くて
包帯でぐるぐる巻きにされて、お父さんとお母さんは手術をしたって言っていた。
どうしてだろう。怪我だって治りかけていたのに、退院するって言ってたのに手術をしたなんて全然記憶にない。
お父さんはお薬のせいで頭がぼーっとして記憶が曖昧なんだよって言った。でもこんなにお腹が痛いんだ、きっとお父さんの言った事は本当なんだ。

それから知らない大人の人が来て怖い事件があったせいで病院を変わったって聞いてすごくショックだった。
だって、シオンとクレアとお別れもきちんとしないまま離れ離れになってしまったんだから。なんで、どうして。
ボクはどうしてそんな勝手な事をしたんだとお父さんとお母さんに怒って八つ当たりした。
その後お父さんに「我が侭を言うんじゃない」「仕方がなかったんだ」と注意されたけど、そんな理由理解したくなかった。
寂しい気持ちだけが心に残った。お母さんは「きっとまた会いに来てくれるわ」って言ったけどその日はなかなか来なかった。
それから大人達は何度もボクの所にやって来て「何か思い出した事はないかな?」と聞いてくる。どうしてそんな事を聞いてくるんだろう。
変なの。別に忘れている事なんて何もないのに。ボクは何も知らないのに。そうしたらぽろりぽろりと涙が落ちてきて。とってもびっくりした。
ベッドの脇に座っていたお母さんはボクを見ている。なんだか寂しそうだ。ボクは零れてきた涙を左手の袖でぐしぐしと拭った。
「お母さん」
「なあに?」
お母さんは笑った。ボクもその笑顔を見て安心した。
「どうしてシオンとクレアはボクに会いに来てくれないのかなあ」
「アルバ…」
「だって変なんだよ。ボクシオンと一緒に寝てたんだよ?クレアもいつの間にかいなくなっちゃって、ねえなんで病院変わってるの?」
お母さんはボクをぎゅうと強く抱きしめた。なんだか辛そうに見える。
「どうして泣いてるの?苦しいよ!」
「ふふ、ごめんね。ぎゅうってしたくなっちゃった。これはね、目にゴミが入っちゃって」
お母さんは笑いながら涙を指先で拭った。
「そっか」
「ああそうだ、お花のお水取り換えて来るわね」
そう言ってお母さんはお花の入った花瓶を手に持つとおトイレのあるお部屋に入っていった。
ボクは枕元に置いていた赤いスカーフを胸の辺りで抱き締めるように握りしめた。シオンの赤いスカーフ。
クレアのネックレスもちゃんと大事にしまってある。クレアとの約束だ。毎日スカーフを身に着けていればシオン、喜んでくれるかな。
会いに来てくれるかな。今度はね、もっともっとたくさん話したいんだ。早く会いたい。

なんでかな。シオンとクレアの事を思うと胸の奥がきゅうって痛くなる。
痛くなって涙が勝手に出てくるんだ。

会いたいよ、シオン。



***



「ロス」


ボクの声にロスは振り返った。驚いて目が見開かれる。右手に持っていた携帯電話を耳に当てたままだ。
ボクはロスに近寄った。拳か罵倒が飛んでくるかと身構えた。けれど彼は何もしてこなかった。
ただ黙って携帯をポケットに突っ込んで近寄ってきたボクを見ているだけだ。
「……聞いていたんですね、昨夜の会話」
「うん、聞いてた」
ボクは静かに息を吸って吐き出す。


「全部、思い出したよ」


ロスは眉間に皺を寄せて酷くその顔を歪めた。ズキンと胸に痛みが走る。ボクにはその顔が悲しく見えた。
「場所、変えようか」
周囲には人が多い。とりあえずここで話すわけにはいかない。ボク等は無言で歩き近くのベンチに腰を下ろした。
ボクはロスの右隣へ座った。丁度木々の真下だ。暑い日差しを遮ってくれる。直射日光が当たる場所よりかはましだ。
正直外で会話はしたくないのだが家に帰るわけにもいかない。ボクらは今だ黙ったままだった。なんとも微妙で重苦しい空気が流れる。
目の前には芝生が広がっていてこの暑い日差しの中小さな子供たちが3人、追いかけっこをしていた。その姿が幼い頃の自分達と重なる。
あの事件がなければボク達3人は離れ離れにならず幼馴染み3人組として仲良くしていられたのかな、と思った。

どうしてかな。思っていたよりも気持ちが落ち着いている。もっと取り乱してもいいはずなのに。
実際記憶を取り戻す前は散々泣いたりかなり不安定だった。我ながら恥ずかしかったなと思う。でも今はそうじゃない。ロスと冷静に話せる気がした。
「─…軽蔑しますか?オレを」
ボクはロスを見たけれど、彼はこちらを見ようとはしなかった。ただ背中を丸めて項垂れている。
「というか、腹が立った。裏切られたって思った」
ボクはベンチに寄りかかり背中を預けた。
「………」
「思い出したのはほんのついさっきだから正直混乱もないって言ったら嘘になるよ。
でもさ、お前の気持ちも考えたら…って。それでも、ちゃんとボクと向き合って欲しかった」
「……んで」
ロスはギリリと歯を食いしばる。膝の上に乗せていた両手で拳を作り指が食い込むほど強く握りしめていた。その拳は、震えていた。
「どうして平然としていられるんですか!オレは、オレはこの手で…!!!」
苦しげに叫び吐き出された声。 前髪に隠れてその表情を見ることはできない。ああそうだ、ロスはずっと苦しんできたんだ。
長い長い10年もの間ずっと1人で。誰よりも不器用で優しいロスだから、親友に本音も吐き出さず全て心の内に仕舞い込んで過ごしてきたに違いない。
それはきっとボクなんかじゃ到底理解できない複雑なものなんだろう。彼が抱え込んていたその深い傷を。
クレアなら例えロスが本音をぶつける事をしなかったとしても、ロスの性格を理解している彼なら分っていたのかもしれないけれど。
ボクはそっとロスの右手に自分の手を重ねようと左手を伸ばしたがびくりと震えたロスの手により弾かれてしまった。乾いた音が鳴る。
「知ってるよ」
ボクはそれでも無理矢理ロスの右手を掴んで両手で握った。暑さのせいか緊張のせいかその手は汗ばんでいる。
引き抜かれそうになったが逃がすものかとしっかりと力強く握り返した。ロスは俯いていた頭を動かしてやっとボクを見た。
普段ならこれでもかと睨みつけてくるのにその瞳と表情から感じ取れてしまうのは"不安"だった。揺れている瞳。こんなロスは初めてだ。
「この手が昔何をしたのか、知ってる。ちゃんと分ってて今話してるんだ」
ロスの動揺がはっきりと伝わってきた。僅かに見開かれた瞳に握っている手が震えたのが何よりの証拠だ。
「ロス」
ボクは両手で右手をもう一度強く握る。
「お願いだからちゃんとボクを見て」
逃げないで。目を逸らさないで。今はただそう願うだけだった。
「──…オレは、貴方が幸せに暮らしているなら、それでよかった」
ロスはぽつりと小さな声で静かに語り始めた。と同時にボクの中で小さな苛立ちが生まれた。
「あんな忌まわしい記憶を忘れたままでいられるならそれでよかったんだ」
ロスはボクの両手の上に自分の左手を乗せた。両手を包むようにぐ、っと握られて、その左手が離れる。同時にボクは握りしめていたロスの右手を離した。
「馬鹿ロス」
ロスは険しい表情をしたまま何も喋らない。
「なんでいつも1人で背負い込んじゃうんだよ!なんで1人で勝手に決めちゃうんだよ!」
だんだんと感情が高ぶって声も大きくなっていく。
「ボクがいつ思い出したくないって言ったんだ!?ボクは思い出せてよかった。
このまま何も知らないままただへらへらとロスの隣に立ちたくなんてなかった!!」
「だけどオレは思い出して欲しくなかった」
「でもそれってロスの自己満足だろ!」
「そんな事はわかってるっ!!」
ロスはボクを睨みつけて叫んだ。あ、このセリフ、あの時と同じだ。

『オレが決めた事に口出ししないんじゃなかったのか?』
『でもそれはただの自己満足だよ』
『そんな事はわかってるっ!!』

ロスとクレアが言い争いをしていた時の。そっか、そうだったんだ。ボクの事を話していたんだ。
「─…ずっと後悔していました。この街に来たことも、貴方に再会したことも。始めはただのクラスメイトとして
関わりを持たない様にすればいいって思っていたのにずかずか貴方はオレの心に踏みこんでくる。
段々友達として貴方と一緒に過ごすようになって、本当は楽しかった」
楽しかった。ロスの言葉が頭の中でリピートされる。今、はっきりとそう言われた。ロスは歯を食いしばると言葉を続けた。
「何度も思った。この街を離れようと。オレが側にいれば辛い思い出を思い出してしまうかもしれないって。…それなのに、できなかった」


「貴方を好きになっていく気持ちは抑えられなかった」


ドキリと心臓が大きく飛び跳ねた。こんな状況なのにボクの心臓はうるさくドキドキと高鳴り始めた。
沈まれ。今は大事な話をしているんだ。それなのに胸の高鳴りはなかなか収まってはくれない。
落ち着け、混乱しそうになってどうする。ついさっきまで冷静でいたれた自分を思い出せ。
「傷ついて欲しくなかった、思い出して、欲しくなかった…」
苦々しくも吐き出された声にボクは声すらも出てこなかった。 本当に、不器用で優しい男だ。
ボクはそんなロスがとても愛おしくなった。その想いをゆっくりと心の中で噛み締める。
恋と愛の違いなんて今までロクに人を好きになった事などないボクには難しい課題だけど
今まさに湧きあがってくるこの感情を、彼を「守りたい」と思う気持ちは間違いなく愛おしいものだと表現したかった。
恥かし過ぎて絶対に口には出さないが。自分でも大袈裟だと思う。けれどこの男と共にこれからの人生を過ごしていけるならと、心から傍にいたいとそう思った。

「決めた」

ロスは眉間に皺を寄せたまま訝しんでボクを見た。
「絶対離れてやるもんか」
「は?」
ボクはロスの胸ぐらを掴んで押し付ける様に唇を合わせた。大きく赤い瞳が見開かれる。そしてすぐにその唇を離した。
「いつまでもピーピー泣いてると思うなよ」
ロスは目を丸くして固まっていた。呆然とボクを見ている。珍しい。なんだかとても新鮮だ。
「ボクはロスが好きだ。ロスと一緒にいるだけでドキドキして口から心臓が飛び出してしまいそうになって…
あの時、告白してもらえて本当に嬉しかった。頭の中じゃ宙返りをして喜びを大声で叫んで思いっきり走り回ってしまうほど、嬉しかった」
「アルバさ」
「アルバって、呼んでくれるようになって、すごく嬉しかったんだからな」
「!」
「気がついてないとでも思ってたの?いっつも部長部長って、なかなかちゃんと名前呼んでくれなくて、
実はちょっと気にしてたんだからな!だから付き合う様になって、アルバって呼ばれる度にたったそれだけで舞い上がっちゃうほどボクはお前が好きなんだ馬鹿ロス!」
人目なんて関係ない。ボクはロスに思いっきり正面から抱しめた。ロスの腕が震えていた。
その腕がすぐに背に回される事はなかったがそれでもボクはロスに抱きついた。
「辛かったよね、苦しかったよね。ずっとずっと」
「…っ」
「ボクはお前の傍から離れないからな、絶対に」
ボクの決意は固い。
「お前が泣きごと言いたくなったら全部ボクが受け止めてやる。話したくないなんて、勝手に自己完結するなよ。だから、もっと」
頼れよ。そう言いたいのに。喉の奥に声が痞えて出てこない。伝えたいのに伝えられない。もどかしい。
「頼れよ」
ようやく出た声は何とも頼りない弱弱しい掠れた「頼れよ」だった。するとロスの腕が背中に回されてボクは大げさにビクリと身体が震えた。
「はあ…とんでもない相手を好きになったものですよ、オレは」
呆れたように言われたそれに顔は見えないが苦笑されているんだろうなと思った。
「それ、ボクにも言えるんだけど」
「さっきっから黙って聞いていれば何自分に酔ってくさい台詞連発してるんですか。てかいい加減離れて下さい。周りの視線が痛いんですけど」
ボクは慌ててロスから離れて周囲をキョロキョロと見回した。子供達は相変わらず遊びまわっているが
問題はその近くにいたママ友さんらしき若い女性2人が思いっきりこっちを見ながらひそひそと話していた。
視線が痛い。そりゃ平日の真昼間に高校生男子が抱き合っていたらさぞおかしな光景だろう。ロスは呆れたように溜め息を吐きだした。
けれど困った表情は「仕方がないですね」と言いながら柔らかくなった。その顔はずるいなあって、ロスを見ている場合じゃない。
やばい、ボク勢いに任せてさっきロスにキスしちゃった。何も考えてなかった!かあと顔に熱が集まった。
「く、くさくてもなんでも好きなんだからいいだろ!」
「はいはい」
「うっわ!すごい棒読みで返された!!」
「へーへー」
「もっと適当に返された!!」
ロスは鼻で笑った。いつものように馬鹿にした笑い方だった。ボクはそれがどうしようもなく嬉しかった。
「なんですかそれドMですか。気持ち悪い変態ですね」って返されるのは目に見えている。心の内に閉っておこう。


***


「あ、あのさ、ロス。もう一つ確認したいんだけど」
それから公園を出てクレアの待っているマスターの店へと向かう事とにした。その途中ボクはロスに問いかけた。
「何ですか?」
「クレアから聞いたんだ。ロスも、大怪我したって…」
ボクが覚えているのは刺された直後までだ。その後どうしてロスまで怪我をしたのか気にならないわけがない。
「…ああ、まあでも生きていますから」
「ロス」
名前を呼ぶ声が低くなった。ロスはやれやれと小さく左右に首を振った。
「ここまで話して今更黙っているつもりはないですよ。…オレも襲われたんです、あの男に。
左腕を切りつけられて、正直オレも怪我をした時の事はよく覚えていません。気がついたらベッドの上でした」
思い出されるのは真っ黒なオートを着た男。
「そう、だったんだ…それに、それにさ、自分でも不思議なんだ。確かに二度、刺された。けど、この腹の傷は一つだけで」
ボクは自分の右脇腹を服の上から擦った。
「ただの記憶違いかもしれないけど…それに思い返してみれば変な記憶なんだ。
だって、もし、もしもだよ?もし本当にロスのお父さんが言うように魔力?を欲しがっていたのだとしたら
どうしてクレアとボクを殺そうとしたんだろうって。普通傷つける前に利用するよね?」
ロスは一瞬戸惑った顔をした。けれどすぐに物思いにふけるように目線を左上に向けると腕を組んだ。
「その理由はオレにもわかりません、何せ脱獄した後は行方不明ですからね」
「…お父さんから一度も連絡がきたことはないの?」
ボクは恐る恐る聞いた。
「ええ、ありません。こればっかりは嘘じゃないですよ、本当に。警察も何年かしばらく子供であるオレをマークしていましたけど」
「じゃああの刑事は?」
「ああ、あれはお節介な刑事で個人的に色々と10年前の事件ついて調べているそうで、今だにオレに付き纏って来るんですよ。うんざりしますけどね」
「そっか、そうだったんだ」
会話は一度ここで途切れた。暑さで額から頬へと汗が伝う。
「貴方は一度死んだんですよ」
「は?」
突然あまりにも不自然なタイミングでロスは言った。暑さで頭がおかしくなったのか。
「貴方を、オレが刺した後血は止まらずに流れ続けて、心臓も止まっていました。
死んでしまった貴方を生き返らせたのはオレです。どうやって生き返らせたのかは覚えていません。
無我夢中でしたし。気がついたら血は止まっていて、傷口は1つだけ残っていて再び心臓が動き出してホッとしたのは覚えています。
ただ、あのクソ親父ははっきりと「生き返らせたね、シオン」と言ったのでどうやらそういう事だと思いますけど」
「お前な、いくらなんでもそれはないわー…」
ボクの口から流石に呆れた溜息が漏れた。
「あ、バレました?」
「ったく、人が真剣に聞いているのに!」
「嘘じゃないんですけどね」
「はいはい。もうその手には乗らないよ。けどお前のお父さんもお父さんだよなあ…」
言ってしまった後でボクは後悔した。もっと言葉を選びながら話さなければならなかったのに。
「変に気を使わなくていいですよ。どうせ危ない宗教にでも入って頭がいかれてたんでしょう」
「自分の親をそう悪く言うなって…」
「事実ですから」
ロスはしらっとした口調で淡々と答えた。
「……それとお前の住んでたアパートが火事になった件はお父さんの事とは関係ないんだよな?」
「ええ恐らく。ただの放火みたいでしたし、現在調査中ですとは言われましたけど」
ボクは歩いていた足を止めた。自然とロスもその足を止めてボクを見た。
「……ずっと気になってた、あの時ロスが冷静に平然とした態度で火事の事を話した事…」
「アルバさん…」
「そうだよな、過去にあんな事があったら、ちょっとやそっとのことじゃビビらなくなっちゃうよな…」
次の瞬間ボクの携帯の着信が鳴った。でも出る気にも見る気にもなれない。携帯の着信一つで場の空気が変わった。ボクはロスをもう一度見つめた。
「出なくていいんですか?携帯」
「うん、いい」
今はロスと話がしたい。鳴っていた電話は止まった。
「あのさ、どうして10年も…」
「会いに来なかったか、ですか?」
「忘れていたボクが聞くのもなんだけど、さ」
ロスは口を開きかけては閉じての繰り返しをした。なかなか言葉として形にはならず葛藤している。
ああ、言葉にするのが難しいのかなあ。でもなんとなく、理由は想像できる。
……本当はボクに会いに来るのが怖かったんじゃないか、って。あくまで憶測にすぎないけれど。
「教えたくないです」
「言ったよな?お前が話したくないって事でもボクは全部受け止めてやるって」
「言いたくないって言ってるでしょう。日本語も理解できないんですか。ゴミ山さん」
「何その酷い呼び名!?」
そして言わずもがな腹に思いっきりパンチを食らった。
「うおおおこの感じなんか久しぶり…!」
「えっなんですかもっと殴って欲しいんですかとんだ変態ですね。うっわ、隣歩かないで下さいよ。近寄らないで下さい」
「違うわっ!!」
ボクは腹を抱え、背中を丸めて俯いたまま突っ込んだ。マジで痛い。


「怖かったんですよ。オレのせいで貴方を不幸にさせてしまうと思ったら」


ボクは顔を上げた。ロスはすたすたと1人で先に歩いてしまっていたので実際ボクが見たのは彼の後ろ姿だ。ボクは慌ててロスを追いかけた。
「ね、ねえ今のもう一回…!もう一回言って!」
「もう一回殴って欲しいんですか?本当にドMなんですねアルバさんって」
「だから違うつってんだろ!!」
だけどどうしよう。嬉しい。にやけた顔が緩みっぱなしだ。あのロスが、あのロスが素直に言ったのだ。怖かった、と。ボクの事を想って。
「何にやにやしてるんですか」
ロスは冷ややかな目線をしている。
「そりゃあ、だって嬉しいよ」
「その口を今すぐ縫い合わせてあげないといけないですね、ああでも今ここで殴り飛ばせば─」
「喋れなくなるよ!?」
「すみません、失言でした。ツッコミができないアルバさんなんてアルバさんじゃないです」
「どういう意味だよそれ!?てかお前本当に雰囲気とか流れとかぶち壊すの好きだよな!!もっと普通に返せよ!」
しまったついツッコミをしてしまった。
「勝手にツッコミして勝手に自爆してるのアルバさんじゃないですか」
ぷえーぷえーと思いっきり馬鹿にされた。なら改めて甘い言葉でも言ってやろうじゃないか。精一杯気持ちを込めて。
「ロス、好きだよ」
ロスは一瞬きょとんとした顔をして瞬きを数回すると笑ってくれた。
苦笑いもちょっと含まれている。だけどボクの好きな笑顔で微笑んでくれた。
「オレもです」
そう言ってロスはボクの唇にキスをしてきた。今度はボクが大きく両目を見開いた番だ。
それはすぐに離れたが、かあと顔が赤くなった。みるみると顔が真っ赤になる。慌てて周囲をキョロキョロと見回せば誰もいない。
「ロス!」
「仕返しです」
まったくもうと言いながらボクは笑った。ロスも笑ってくれた。
とびきりかっこいい最高の笑顔。



ねえ、ロス。
お前に繋がる道は全部繋がっていたんだ。
例え会う意志がお前になくても。もし、ボクが記憶を取り戻さずに過ごしていても、繋がっている。


その繋がりを辿ってボクはもう一度お前に会えたんだよ。




END

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