繋がり。***01



あいつとの出会いは高校2年の春。クラスに転校してきたのがきっかけだった。
2年に上がったと同時だったので印象に残っている。名前はロス。
整った顔立ちで黒髪に赤い瞳。成績優秀スポーツ万能であっという間に学校ではちょっとした有名人になった。


「部長、邪魔なんですけど。教室のドア通るのあんただけじゃないんですが」


性格には問題大有りなんだけど。
「普通におはようって言えないのお前」
「えっ…おはようございます部長って可愛く親しみを込めて呼んで欲しいんですか。何キャラですかオレに何をさせようとしているんです。変態なんですね。気持ち悪ーい」
「変態じゃねーよ!!つか挨拶大事だよね!?一日の始まりだよね!?」
「おはようロス、アルバ」
別のクラスメイトが教室に入ってきて挨拶をしてきた。
「「おはよう」」
見事に声がはもった。
「なんで普通に挨拶してんの」
「はあ?当たり前な事聞かないで下さいよ。馬鹿ですか」
「そうじゃねーだろおい!」
どっとクラスで笑いが生まれる。
「朝っぱらからやってんな〜お二人さん!」
「お前ら将来芸人コースじゃね。テレビ出演決まったら教えろよ!」
「なんでだよ!!」
ボクはクラスメイトにツッコミつつ自分の席に着いた。教室の窓際、後ろから二番目の席だ。
ちなみにボクの後ろの席がロス。そう、ロスはホンットに性格が悪い。まさにドS。
ロスの席がボクの後ろだったので転校初日に一番に話しかけたのがすべての始まりだった。
あれから二ヶ月。あまりにロスがボクだけに対して酷い仕打ちをするのでいつの間にか
ツッコミのアルバとボケのロスというクラスではすっかり名物コンビと名づけられ、
学校では芸人目指した面白い奴らがいると変な噂が広まってしまい有名になってしまった。
ボクが「部長」と呼ばれる理由の一つはボクが合唱部に所属していること。
本当は軽音楽部とか憧れてたんだけどうちの学校には合唱部しかない。
といっても部員も少数でほとんど活動していないけどでも、
歌は好きなので、みんなで歌を歌うのは結構楽しかったりする。
一応ロスもその一員で、まだ一度しか聞いた事はないがむかつくことに声までかっこいいロスは歌も上手い。
そして何故か同じ年なのにロスは敬語で話してくる。それもボクにだけだ。
「癖ですよ、癖」と本人は言っているけど。
始めは敬語が気になってたけど今は気にするだけ無駄だなと思うようにしている。

そしてボクはそんなロスに片想いをしているわけで。
なんでこんな奴好きになってしまったんだか、自分でもそう思う。
一目惚れ、だったと思う。会った瞬間に惹き込まれた。理由なんてわからない。
散々悩みに悩みまくったけど、結論はロスが好きだと言う事に辿り着いた。
最初は怖いなって思っていたけれど、いつの間にか気になる存在になっていて。
でも絶対に口が裂けても告白はしない。墓場の中まで持っていくつもりだ。
……ロスは、ボクを友達だと思ってくれている、はずだから。

「ほら〜みんな席付け〜」
担任の先生が教室に入って来てボクは思考を中断させた。
HRが終わると女子達が次々と教室を出て行く。ん?おかしいな。ボクはある疑問を胸の中に抱いた。
「なあ、1時間目って数学じゃなかったっけ」
「今日は数学の先生が休みなので1時間目から体育に変更になったんですよ」
「ええ〜〜!おかしいな、だって昨日メールで数学に変わったって言ってなかった?」
「ええ、わざと嘘を送りました」
ロスはにっこりと爽やかな笑顔で言った。
「お前かよ!!」
「大したことないじゃないですか別に」
「今日は番号順からいってボクが当たる番だったから予習してきたのに無駄になったじゃないか!」
「ブフーだっさー」
「全部お前のせいだろ!」
もういい、さっさと着替えてしまおう。他の男子達も着替え始めている。ボクもそうしよう。
今日は月曜だ。家から持ってきた体操着を取り出してすぐに制服のシャツのボタンに手を掛けた。
上半身裸になった時に人の視線を感じて、後ろを振り返るとロスがじっと見ていたのだ。
視線の正体は間違いなくこいつだ。ロスの視線がボクのある身体の一部分を見ていて、
ああそうかと1人納得してしまった。
「ああ、この傷?昔事故に遭った時にね」
ボクの右わき腹には傷口が残っている。よく見るとはっきりと残っている。3、4センチの傷跡だ。
「事故?」
「うん。まだ子供の頃に交通事故だったかな。その時に」
「そう、ですか」
「あれ、知らなかったけ」
そっか、話してなかったんだ。クラスのみんなは当然知っているし大した話題でもない。
だから勝手にもう知っている事だと勘違いしてしまった。
「ええ、初めて見ましたけど別に貴方の身体なんて興味ないですし」
「あったら怖いよ!!」
「覚えているんですか?その時の事」
「それが全然。その時ボクまだ6歳か7歳くらいだったし、ちょっとは覚えていてもいいと思うんだけど。ああでも入院していた頃の記憶は少しだけあるよ」
脳裏に病室で同室?だったか数人の子供の顔がぼんやりと浮かんだが名前を覚えているのはいつも話をしていた二人だけ。後は記憶にない。
「脳みそはいってないですもんねー」
「ちゃんとはいってるよ!!」
そんな会話をしながらボクらは着替えを済ませて校庭へ向かった。



放課後、学校が終わり今日は部活もない。まっすぐ帰るかどこか寄り道でもしていこうかと考えていた。
椅子を引いた音がしてボクは後ろを振り返ると鞄を手に持ってロスが教室を出る所だった。
「ロス、今日もバイト?」
「ええ」
「偉いよな、毎日」
ボクはロスに続いて一緒に教室を出た。廊下を二人で歩きながら会話を交わす。
何度か遊びに行った事があるがロスは高校生なのにアパートで一人暮らしをしている。
両親はいない、と聞いている。てかアルバイトだけで生計を経てているとか凄過ぎる。
「ええ、誰かさんと違って生活かかってますし稼いでいますので」
「何それボクに言ってるの?」
「いやいやそんな部長が傷つくような事一言も言っていませんよ?え、自覚あったんですか?」
「うう、ま、まあ確かにボクはバイトとかやってないし…」
2階から1階にかけての階段を降りていく。通りすがりの在校生の女子二人がちらりとロスを見て何か小声で話していた。
「そうでしたね」
「んだよ!そんな馬鹿にしたように笑うな!」
「だって本当の事じゃないですか」
「そ、そうだけど!…まあ、今度また家に夕飯でも食いに来いよ。うちの母さんロスの事気に入ってるし」
ボクもその方が嬉しいし。
「…はい」
昇降口に着いて下駄箱を開けた瞬間ロスの眉間に皺が寄った。
「なんだよまたラブレター?」
予感は的中。ロスは乱暴に手紙を取り出してくしゃりとポケットに押し込んだ。
「また断っちゃうの?」
「ええ。興味ないですから」
ロスはさっさと靴を履いて出て行ってしまい、ボクも慌てて靴を履いて追いかけた。
「そんなにもてるなら試しに付き合ってみればいいのに」
そう言った途端またロスの眉間に皺が寄りボクを睨みつける様に嫌な顔をした。
「好きでもない相手とですか?冗談でしょ」
好きな人、いるの?と咽まで出かかったが飲み込んだ。
「贅沢だなお前!」
「え、まさか告白とかされたことないんですか?」
「ねえよ!チクショウ!」
本気でちょっと泣きそうになる。ロスが誰とも付き合わないのは嬉しいけど
それってつまり、気になる相手がいるかもしれないって事で。
友達、という関係である今なら聞けば教えてくれるかもしれないし、教えてくれないかもしれない。なによりロスの口から真実を聞いてしまうのは怖くて未だに聞けずじまいだ。
「それより部長、今週の金曜日はバイト休みなんです。だから、学校終わったら遊びに行ってもいいですか?」
「う、うん!勿論!ついでに泊ってけよ。土曜学校休みだし」
ロスは驚いたようで目を見開いたが、すぐに嫌そうな顔をした。
「え、嫌ですよ。一晩中一緒だなんて」
「酷い!!」
「…冗談です。楽しみにしています。それでは、今日は急いでいるのでまた明日」
ロスがにこりと微笑んだので心臓がドキリと飛び跳ねた。
だって、ロスがにこりと微笑んだのだ。あの、ロスが。
「う、うん!バイバイ!」
そういうとロスは自転車登校をしているため、駐輪場の方へ1人歩いて行ってしまった。
ボクは学校の近所に住んでいるので歩いて10分程の距離なので徒歩だ。
追いかけても良かったが別れを切り出されてしまったし
なにより別れ際のあの笑顔は反則だ。まだドキドキと早く打っている。
「……無意識なのかなあ」
思わず独り言がぽつりと出てしまった。普段嫌味ったらしく笑う時とは明らかに違う、
時折今みたいに嬉しそうに笑ってくれる。嬉しそうに、っていうのは大げさかもしれない。
ボクがそう思いたいだけなのかもしれないけれど。でも、それでもボクは幸せな気持ちになる。
遠くの方にある小さなロスの後ろ姿を見つめた。
これも惚れた弱みだよなと思いつつ今日はまっすぐ帰ろうと校門を出た。



「ただいま〜」
ボクは玄関で靴を脱いでリビングに直行した。6月に入り気候は着々と夏へと向かっている。
今日は真夏並みに熱くて汗がダラダラと額から首筋からへと流れてきた。
ボクは母さんと2階建ての一軒家に二人で暮らしている。父さんは単身赴任で月に数回しか家に帰ってこない。
「お帰りアルたん」
リビングに顔を出すと母さんがテレビを見ながら洗濯物を畳んでいた。
「そのアルたんってやめろよ恥かしいな!」
「いいじゃない別に」
キッチンに入り冷蔵庫を開けてミネラルウォーターの2リットルのペットボトルからコップに水をフチいっぱいに淹れて一気に飲み干した。
冷たくて美味しい。
「ふう、生きかえる〜!あ、母さん。今度ロス家に泊まりに来るから。今週の金曜日」
「まあ!はりきってご飯作らないと!楽しみね、母さんロス君のファンだもの。礼儀正しくてイケメンだし」
「ファンって…」
前に家に来た時は猫被ってたからな。母さんにあいつの性格の悪さを言ったってどうせ信じてくれないしふーんって適当に流されるだろうな。
「何かリクエストあるか聞いておいてよ」
「はいはい。一応聞いておくけど甘いもの全般好きだよ、あいつ」
「そうなの?なら美味しいアイスクリームのお店があるから買ってきてあげなくちゃね」
母さんは機嫌よく洗濯物を畳み始めた。何がそんなに嬉しいんだか。


『──区では連続放火事件が立て続けに今月に入って3件も続いており付近の警戒を強めております』


ボクはテレビから流れてくる夕方のニュースに耳を傾けた。母さんの隣まで移動してテレビを見るとアナウンサーが現場になった付近を中継している。
「物騒ねえ」
「あ、この辺じゃん、ここ、テレビに映ってる場所知ってる」
「怖いわね」
「うん」
「はい、これ。2階のタンスにしまっておいて」
「了解」
そんな会話をしながら母さんからバスタオル数枚と服を受け取ると二階にある自分の部屋に向かった。
両親の寝室にあるタンスに衣類をしまってから自分の部屋に入った。べたつく汗に先にシャワーでも浴びたい、と思ったが後で風呂に入るしまずは、と。
ボクは制服のポケットから携帯を取り出してベッドに座りロスにメールを送った。
『バイトお疲れ様!母さんが夕飯リクエストある?だって。ロスが来るって知ったら今からはりきっちゃってるよ』
送信後、風呂に入ったり部屋で寛いだりテレビを見たりしていたらあっという間に時間は過ぎていき夜の11時になった頃に返信がきた。
『ありがとうございます。と部長のお母さんに。でも気にしないで下さい、なんでもいいです』
『それ一番困る返事じゃね?』
今度は数分で返信がきた。
『なら、甘いデザートで』
本当に甘いものが好きなんだな。と思わず笑みがこぼれる。
『それ主食じゃねーし!了解。そう伝えておく』
ほんの短いメールのやりとりだけでも胸が温かくなる。
絵文字も顔文字も何も使わない簡潔な短いメール。
今日はロスとメールができた。たったそれだけで浮かれてしまう。
女の子みたいだなって思うけど嬉しいものは嬉しいんだから仕方がない。
ロスが知ったら「気持ち悪いです」って殴られそうだ。
ボクはまだ寝るには少し早いと思ったが今日はもう寝ようとベッド中に入った。

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