繋がり。***06



ほどなくして2人は二階から降りてきた。心配で二人の顔色や様子を窺ってみた。
特に変わった様子はないように見える。2人の後ろにいたパパさんはボクに気がつくと微笑んで小さく頷いてくれた。
ボクはほっと胸を撫で下ろす。どうやらなんとかなったようだ。
「ごめんね!待たせちゃった?」
明るい声でクレアは言った。
「う、ううん。大丈夫」
「クレアのせいです」
「 ええ!?オレのせいなの!?」
「人が着替えている横でベラベラと喋りまくって何様ですか」
「呼び付けたのそっちのくせに理不尽だ!!」
「クレア、お前の事は忘れない。いい奴だった」
ロスはにっこりと笑いながら指をボキボキと鳴らしている。
「うわああ!!暴力反対ー!」
クレアは慌ててボクの後ろに隠れてしまった。よかった。一時はどうなるかと思ったけど険悪な雰囲気もないし、いつも通り?の2人だ。
「なんですか、2人まとめて殴ってもらいたいんですか、そうですか」
「「なんでだよ!!」」
「みんな〜じゃれ合うのもそのくらいにして、気を付けて帰ってね」
ママさんがカウンターから声を掛けてくれた。ロスは舌打ちをするな舌打ちを。
「 はい。それでは、お先に失礼します」
「はい、お疲れ様」
パパさんが言った。
「「お邪魔しました!」」
ボクはハンガーラックにかけてあったレインコートを手に取り袖を通した。
カランカランとドアの鈴が鳴り、雨の匂いが鼻を通る。外の様子を窺えば普通に雨は降っていた。
さっきまでは小雨だったけれど強くもなく弱くもなく普通の雨だ。ボクは傘を差した。
「どーん!相合傘!」
クレアは突然ボクが差している傘の中にロスを突き飛ばした。ボクの背中にロスがぶつかる。
咄嗟にロスの両腕がボクの腰回りに伸びて、しっかりと捕まった。ドキンと飛び跳ねる心臓。膝が崩れ落ちそうになるのを必死に堪えて両足に力を入れた。
と同時になんという自殺行為を!!と思ったが遅 かった。ロスはすぐにボクから離れ、クレアは一発ロスに頭から殴られていた。
漫画なら クレアの頭から湯気が出てきそうだ。両手で頭を押さえて実に痛そうである。
ロスはボクが右手に持っていたもう一本の黒い傘を奪い取って差してさっさと1人で歩きだしてしまった。
ちょっと残念な気はしたけれど。ボクらはロスを慌てて追いかけた。ロス、クレア、ボクと三人並んで歩く。
人通りも少ないし、3列でも大丈夫だろう。
「クレアはどこに住んでるの?」
「ここから隣の隣のまたまた隣の町だよ!電車でぐるっとね」
さっぱりわからない。
「じゃあとりあえず、駅に行こうか」
「2人とも送ってくれるの?ありがとう!」
と言っても駅はここから目と鼻の先だし、少し歩いたらすぐに着いてしまうけど。
「まあついでですから」
「やっさし〜」
「はいはい」
クレアと話しているロスは、なんだかボクの知っているロスとは少し違って見えた。
クレアにもボクと同じように殴った り酷 い 事言ったりと相変わらずなんだけど、
どこか気を許している気がして、その声やしぐさ、クレアを見る瞳がなんとなく優しい感じがする。
ボクが送ってくれるの!ありがとう!なんて言ったら「はあ?自意識過剰もいい所ですね。たまたまこっちに行くだけですよ」
って絶対馬鹿にしたように笑いながら暴言が返ってきそうだ。

─……嫌だな。もやもやする。完全にやきもち妬いてる。

クレアはいい奴だ。知り合ったばかりだというのに明るくて人懐っこくて話しやすい。
そんなクレアだからロスも気を許せる所があるのかもしれない。
ボクはまだたった二ヵ月程しか知らないけれど、クレアはボクの知らないロスをたくさん知っている。
クレア。あの子と同じ名前だからだろうか。妙に懐かしい感じがする。
こうして3人で歩いていると、何か…何か、前にも同じような事が…ただのデジャブかな?
「どうしたの?」
「え?」
顔を上げるとロスとクレアがボクを見ていた。
「さっきっからずっとだんまりだから」
「な、なんでもないよ!ちょっと考え事してただけ!」
しゅんとしたクレアにボクははっとして慌てて口を開いた。
「考 え事する要領あったんですか。その頭」
「あるよ!!」
こいつ、ホントにボクに対してはいつもこうだ。
「あの…、クレア……その」
「なあに?」
「ボク達って、どっかで会ったこと、ある?」
「ううん、初めましてだよ。どうして?」
躊躇いもなく即答された。
「昔の知り合いに同じ名前の子がいて、それで」
「ああ、それでさっき驚いてたんだ〜偶然だね!」
「う、うん」
そうだよね、そう簡単に会えるわけがない。現実なんてそんなものだ。
そんなこんなで話している間に駅前の改札口まで来てしまった。
この時間は人もまばらだ。傘を持ったサラリーマンや大人の女性など、皆速足に駅の中へと入っていく。
「あ、そうだ。ねえねえアルバ君のケータイの番号聞いてもいい?」
「うん、もちろん」
「じゃあ赤外線できる?」
「大丈夫だと思うよ」
「オレまだガラケー使ってるんだよね」
クレアがポケットから取り出した携帯は青のカラーで二つ折り携帯だった。
「あ、ボクはスマホだけどできるかな?」
クレアとボクはお互いの携帯番号を近づけて、番号を交換した。
「──あ、きたきた!よし、完了!それじゃあアルバ君、ロスのこと宜しくね」
クレアは隣にいるロスにちらりと視線を向けてそう言った。ロスはというと、眉間に皺が寄る。
「さっさとお前は帰れ」
ロスはしっしっと右手で軽くあしらう態度をするが手が出ないだけましだ。
「はいはい。邪魔ものはさっさと帰りますよー。後は若いお二人でどうぞ」
冗談だってわかってはいるけどドキリとし て しまうのは仕方がない。
ボクの心臓はどうしてこうも簡単に反応してしまうんだろう。ダメだ、落ち着け。
「アルバ君!」
クレアはまたボクにぎゅうっと抱きついてきた。ボクも抱しめ返す。
「ク、クレア?」
「またね!絶対また会おうね!」
「う、うん」
「約束だよ!また遊びに来るからね!」
抱き締められた腕に力が込められる。ちょっと痛い。
「いつまでひっついてんだ!」
クレアはロスに首根っこを掴まれてべりっと引っぺがされた。
「やきもち?」
「んなわけあるか!」
うう、はっきり否定されると地味に傷つく。クレアはまたロスに頭を一発殴られてしまった。
「それじゃあ2人ともまーたーねー!!」
クレアはぶんぶんと右手を振って改札を通り、奥へと消えていった。
「…………なんか、いつもあんな感じなの?」
「ええ…」
「明るくて楽しい人だね」
ロスは返事をしなかった。ただクレアが消えて行った改札口の向こう側を見ていた。その表情からは
何を考えてるかわからないけれど、少しだけ、ロスの今の気持ちを知りたいと思った。





家に戻ってからとりあえずロスの様子は機嫌が悪いわけではないようだった。
先程まで怒っていたのが嘘のようだ。あの時クレアと何かあったのは間違いないが、それはボクが首を突っ込むことじゃない。
すごく気になるけどボクから尋ねてみて、ロスの機嫌が悪くなったらそれはそれで嫌だし、とりあえずボクは普通に接しようと心がけた。

なんだかんだでいつも通り雑談をしながらロスは遅めの夕食を済ませた。
母さんは二階の自室に居るみたいだ。とりあえずテレビでも見よう。
ボクはリビングにあるテレビを付けた。目の前の二人掛けソファーに腰を下ろす。適当にチャンネルを合わせる。
映画やドラマは途中から見ても面白くないし、後はニュースばっかりだ。
しばらくしてロスがリビングに入ってきた。ボクが座っていたソファーの隣に腰を降ろす。
ふわりと歯磨き粉の香りがしたので、歯を磨いてきたんだろう。
「何見てんですか気持ち悪い」
「いいじゃん別に!」
「嫌ですよ」
しばしの沈黙が流れる。テレビから洩れるバラエティー番組の笑い声だけが部屋に響いた。
「……どうしてわざわざ迎えになんて来たんですか」
そう切り出して きたのは、ロスの方からだった。
「どうしてって 、行きたかったからだよ」
「ホンット余計な事をしてくれましたよね」
ロスに心底嫌そうな顔をされた。
「な、なんなんだよ!いいじゃん!」
「よくありません。ちっとも良くないです」
「ひひゃいひひゃい〜〜!!」
そう言ってロスはボクの両頬を引っ張った。かなり痛い。すぐに離してくれたけどひりひりする。
「お前そんなにオレが嫌いかよ!」
「いいえ」
一呼吸おいて。
「オレはアルバさんのこと好きですから」
「嘘付け!!」
「言っておきますけど友情ではありません。恋愛対象の好きです」
「ああそうかい!そうですよね!」



……………は?



「は?え?お前今なんて?」
聞き間違えでなければ、今さらっととんでもないことを言われた気がしたんですけど。
「だから好きだって言ったじゃないですか。愛の方です」
ロスはピ、っとリモコンでテレビを消すとソファーに寄りかかってしらっと吐き捨てた。
「初耳だよ!??」
「ええ初めて言いましたから。ずっと貴方が好きでした」
ものすごく普通の会話の流れのごとく軽く言われた。
「はあ!?え!?はあああああ!???」
ボクはあんまりな扱いに驚きすぎて思わずソファーから立ち上がった。
「なんですかその態度。人が真剣に想いを伝えているというのに」
「どこがだよ!?さらっと軽く言いすぎだろ!!どうせそうやってからかってボクの反応試してるんだろ!」
「はあ?好きだから好きって告白してなんで暴言吐かれるんですか。心外です。アバラ折りますよ 」
ロスの右手が伸びて見事にボクの腹目掛けてパンチがさく裂した。
「……もう、殴ってる…」
痛さのあまりソファーに座り直し、両手で腹を抑えて前屈みになる。涙が出てきたが別の意味で泣きそうだ。
あ、これ、やばい。マジで涙出てきた。いくらなんでもこんな冗談酷過ぎる。胸が痛い。
「冗談でこんなこと言いませんよ」
嘘だ。そんなの絶対嘘だ。落ち着けアルバ。ありえない、からかわれているだけだ。期待するな。ドキドキするな。
「嘘付き。どうせ、からかってるんでしょ?ボクの反応みて楽しんでいるんでしょ?」
「…………」
ボクはなんとか顔を上げてロスを睨みつけた。だけどその瞬間ボクは言葉を失った。
だってロスは、とても真剣な表情をしていて。ボクは息を呑んだ。
「ロ、ス…?」
真っ 直ぐにこちらを見ている赤い瞳。なんで、なんでそんな顔するんだよ。
ボクはこれ以上直視する事ができなくて目を逸らした。
ドクン、ドクンと心臓の鼓動が速くなる。ダメだ、ダメだ、ドキドキしちゃダメだ。
「嘘だよ、ありえないよ、こんな、こんなの…だって、ロスはボクの事 、友達だって、」
「オレは貴方を友達だと思った事は一度もありません」
息が詰まる。ボクはロスから距離を取ろうとソファーから立ち上がろうとした。が、それは叶わなかった。
「え、ちょ、ちょっと待って!」
ロスはボクの腕を掴み、ボクは倒れこむようにロスの胸の中に抱き寄せられてしまったのだ。頬が熱くなる。
「逃げないで下さい」
「っ!!」
ふわりと香るロスの匂い。家の、ボクと同じシャンプーの匂い。
「む、無理…やだ、ロス、離してよ!変だよ何でいきなりこんな事言うんだよ!」
「いきなり、ですか」
じっと見られて、睨まれた。やだ、怖い。ドキドキする。もうわけがわからない。


「好きな相手と同居とか我慢できるわけないだろ」


本気で気絶するんじゃないかと思った。
「……告るつもりなんてなかったんですけど、でも、もう限界だ。あんた無自覚過ぎなんだよ」
「な、ななにが!?」
「オレの事好きなくせに大丈夫とか笑顔で抜かしやがってこっちの気持ち少しは分って下さいよ!
今までオレがどんな思いでいたと思っているんですか!この馬鹿愚図鈍感野郎が!」
「酷い罵りだ!!」
つい突っ込んでしまったがはたと冷静になって、今ロスが言った言葉を理解してボクはさあーっと血の気が引いた。
「え、ちょっと待って…今、好きって……」
声が震える。
「貴方に好かれている自覚はありました。部長って分りやすいので」
「!??」
驚きのあまり絶句しているボクにロスは睨みつけて舌打ちをした。
「だ から無自覚でむかつくんですよ!あれで隠していたつもりだったんですか?」
「な、なんで、だって、」
おかしなことは何も、なかったはず。
「オレだって、ずっと見ていましたから。貴方の事だけを」
頭の中が真っ白になった。じわじわと熱だけが身体に、全身に伝わってくる。
頭から湯気が出そうだ。おまけに今ボクは、ロスの腕の中にいるわけで。
「うわああああもう止めて!てかいい加減離せ!」
ボクはロスの両肩を掴んで必死に身体をロスから遠ざけようとした。
けれどしっかりと腰に回されいるロスの腕が外れない。腰回りが、ロスの手が触れている部分が熱い。
「でも、直接貴方の口からは聞いていませんでしたし、なんでオレから告白してやらなきゃならないんだって
意 地になっていた部分もありましたから、黙っていましたけど」
「や、やだ、もうそれ以上何も言うな!黙って!」
「嫌です」
「離してっ!!」
ボクは大声で叫んだ。だが、ぐいっと腰を引き寄せられて再び抱き寄せられた。
「ぎゃああああああ!!!!!」
「っとに可愛げも何もないですね、なんですかその悲鳴」
心底呆れた声が耳元で聞こえた。
「馬鹿!!全部お前のせいだろ!?」
「心臓の音、すごいですね」
「っ!!」
ドクンドクンと早く高鳴る鼓動。ボクの心臓の音と、ロスの心臓の音が重なって聞こえてくる。
あれ…?ロスの心臓の音も、早い……?やだ、何これ。期待してしまう。ロスも緊張しているの…?ドキドキしているの?
ボクはゆっくりと首を動かしてロスを見た。彼もボクを見ていた。こんなに近くで顔を見た事はない。息が掛り そうだ。苦しい、胸が締め付けられる。
ロスの表情を見る余裕なんてなかった。目だって合わせられずに逸らしてしまう。す、っとロスの右手がボクの頬に、髪に触れた。
ビクリ、と震えて視線をロスに戻すとまた目が合って。掌が、熱い。
「嫌なら本気で抵抗して下さい」
「ず、ずるい、そんな、嫌な訳、ない…」
最後の方は消入りそうな声になっていた。


「アルバ」


ボクの心臓はドクンと一つ大きく飛び跳ねた。まっすぐに、真剣にこちらを見つめてくる赤い瞳。
「うそだ…ロスが、そんな、嘘だ…」
じわりと涙が浮かんでくる。視界が歪む。泣きたくないのに。女々しくて自分が嫌になる。
「本当に学習能力が低いですね。いいですよ、理解するまで何度でも言ってやります。オレは貴方が好きです」
さっきと同じ台詞。ロスの「好き」がぐるぐると頭の中でリピートされる。心臓の音がドキドキ高鳴ってうるさい。
ボクはぎゅう、と両目を瞑ってしまった。ありえない、こんな、こんなこと。だってそれは、

ボクがずっと想っていたことで。
ずっと心の内に隠してきたことで。

何かが、唇に触れて、すぐに離れた。一瞬何が起きたのか理解するのに数秒かかった。
ゆっくり目を開けると至近距離で赤い瞳とばっちりと目が合って。

唇と唇が、重なったんだ。

理解した瞬間一気に頭のてっぺんからつま先まで身体全体の熱が上がった。
「〜〜〜〜〜っ!!!」
ボクは声にならない声に口元を左掌で覆った。ロスはボクから離れると突然立ち上がってリビングを出ていこうとした。
「あ…! 」
咄嗟にロスを追いかけて、後ろから思いっきり抱きついた。ロスの身体がビクリと反応する。
「ま、待って、お願い!」
声が震える。耳まで届く高鳴る鼓動。ドキドキして、泣きだしてしまいたい。口から心臓が飛び出してきそうだ。
息を大きく吸って吐き出す。言いたい事は咽まで出かかっているのに、言葉として形にすることがなかなかできない。
沈黙だけが流れる。いつもなら殴られてもおかしくないのに、ロスは動かずにじっとしてくれている。
雨がまた強くなってきたのか、外から雨音が聞こえてきた。


「好き、だから」


もう一度、勇気を振り絞って。
「ボクも、ロスが、好き」
ゆっくりと、たどたどしく小さな声だったけれど自分の口からはっきりと言えた 。
のどの奥から、心の奥にずっと閉ってきた本音を吐きだしたせいだろうか。
どこか、やっと言えたという達成感を感じたのかほっとしていた自分がいた。
恐る恐る顔を上げるとなんと、きょとんとした顔をしていたロスの方だ。ボクを見たまま、そのまま固まっている。
「………くそっ」
ロスの顔が、みるみると真っ赤に染まっていく。嘘、本当に?
ロスはボクの腕を振り払うと口元を右手で隠し、明後日の方向を見ている。
「あ、あの、ごめん、ボクちょっと、今かなり混乱してるかも」
「そんなのオレだって同じですよ」
「ロスは慣れてそうだけど、よく、告白とか、さ、されるし」
もはや自分で何言ってんのかわけがわからない。
「本命相手に慣れてるもくそもないでしょう 」
「そ、そっか…」
ほ、本命相手…。じわじわと胸に込み上げてくる。
「夢みたいだ…」
涙が溢れてくる。ボクは泣き顔を見られたくなくて、俯いた。自分の足元を見ながら、ポロポロと床に涙が落ちていく。右掌で目元を覆った。
「何泣いてるんですか」
「だって、だって…!」
ずっと叶わぬ想いだと決めていた。
こんな日が来るなんて思ってすらいなかった。
ただ近くで、側にいられるだけで幸せな気持ちになれた。それなのに。
「ひひゃいひひゃいいい!!」
ロスはボクの左頬を引っ張った。別の意味でまた涙が溢れてくる。
「夢じゃないでしょ」
「う、うん…」
「だいたい好きな人が隣で寝てて欲情しない方がおかしいでしょう」
「さらっと唐突にとんでもない発言するなっ!!」


もうやめて。喋らないで。これ以上は本当に、ボクの心臓が持たない。

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