繋がり。***02



放課後、待ちに待った金曜日。今日はロスとの約束の日だ。
教室には残って談笑している生徒もいれば、帰っていく人もいる。今教室に残っているのはほんの5、6人程度だ。
ロスは職員室に用があるといい、今教室にはいない。掃除の邪魔にもなるしボクは廊下に出てロスを待っていた。
早く戻ってこないかなと浮かれる気持ちでいっぱいだ。何をしよう。どっか買い物にでも行く?それとも
あんまり行った事無いけどゲーセンとか、男二人でカラオケはなあ、それとも家で新作のゲームを二人でやる?
てか、一緒に居られるだけでいいなんて言ったら怒られるよね。絶対言わないけど。
「なんだ、随分機嫌いいじゃねえか」
声を掛けてきたのは同じクラスのフォイフォイだ。金髪で鼻の頭に傷がある。
「まあーね。そういうフォイフォイもなんかそわそわしてない?」
「…ああ、まあ」
フォイフォイは少し落ち着きがなさそうに頬を人差し指でかきながらあさっての方向を見ている。
「ほら、オレ妹が病気で入院してるだろ?そしたらヒメの奴が一緒に見舞いに行くっていうからさ」
「へえ〜」
「な、なんだよ!何にやにやしてんだよ!」
「別に?」
「フォイフォイ!」
明るい女子生徒の声が廊下に響いた。あ、隣のクラスのヒメちゃんだ。彼女はまっすぐにボク等の所へ歩いてきた。
この学校の理事長の娘でお嬢様でもあるのでみんなからはヒメち ゃんと呼ばれている。
ちなみに彼女がフォイフォイの事を好きだというのは結構な噂になんだけど、バレバレなんだよね。
「よかったね〜ヒメちゃん」
やばい、ボク達の会話を聞いていたのか、何も知らない女子生徒の誰かがスイッチを押してしまった。
「え!そんな!別に私フォイフォイと一緒に帰れるのが嬉しいなんて思ってないんだから!!」
「ぎゃー!!!ヒメちゃんストップストップ!!死んじゃう!フォイフォイ死んじゃう!!」
ああ、フォイフォイの顔がヒメちゃんの拳により無残な事になっている。お嬢様なのに馬鹿力の上、照れ隠しで殴られるとか笑えない。
声を掛けてしまった女子生徒はヒメちゃんのボコデレを知らなかったとみえてひたすらフォイフォイに謝って急いで帰ってしまった。
「…生きてる?」
「 …な、なんとか」
よし、今日はまだ返答できるだけの余裕はある。前は意識飛んで保健室直行だった。フォイフォイはよろよろと立ち上がった。
「アルバくんはまだ帰らないの?」
「う、うん、ボクはロス待ってるから」
「そっか」
目の前でにこやかに笑うヒメちゃんが先程まで男子高校生一人を殴りまくっていたなんてとても信じられないが現実だ。
「じゃあ私達は帰るね。ほ、ほら、行こうよフォイフォイ」
「………お、おう、じゃあまたな」
「バイバーイ!」
「うん、バイバイ」
ああして二人で並んでいると恋人同士に見えなくもない。付き合っちゃえばいいのに。
なんだかんだ言いながらフォイフォイもヒメちゃんに優しいよな。
「アールーバーさーん!」
二人と入れ替わるようにロスがものすごく爽やかな笑顔で手を振ってこっちに向かって歩いて来る。
ボクはすぐに気が付いた 。それが、ロスではないことに。
「……エルフ、お前ロスに変装するとか後で見つかってどうなっても知らないぞ」
こいつは隣のクラスのエルフ。本当は褐色の肌に黒髪なんだけど今はロスに変装している。
趣味が変装と変わった奴だが子供以外男女問わず誰にでも変装ができて特殊メイクは本当にすごい。
本当に本人にそっくりに化けるので最初はボクも見分けがつかなかった。
声まで変えているので以前どうやって変えてるのか聞いてみたがそれは企業秘密らしい。
先生に学校で変装はするなと注意されたにも関わらずこの有様だ。
「さすがアルバさん。もうバレてしもうた!」
エルフの地声に戻った。
「大体そんな風にロスは笑わねーよ」
「そうなん?どの辺が駄目なんかなあ」
エルフが自分で頬を引っ張ると人間の頬がありえない方向に異常に伸びて変な顔になっている。
指を離すとバチンと音がして両手で顔の形を整えて表情を作って、にこっと笑った瞬間一気に距離を詰められた。
「!?」
「アルバさん」
ロスのあの低い声が耳元で囁かれる。不覚にもドキリとしてしまった。
「どうです?これなら完璧ですか?」
「や、お前、ちょっと待て、近い!!」
必死に顔を逸らし自分の心にロスじゃないロスじゃないと言い聞かせる。
「おや、どうしたんです?顔が赤い気がしますよ、熱でもあるんですか?」
本物と間違うほどに顔も声も似ている。変装にしたってこんなのアリかよ!!
「ち、ちが…」
「アルバさん、かーわいいなあ」
全身から力が抜けそうになり必死に足に力をいれた。ロスが関西弁独特のなまり口調で奇妙な感じだが、ちょ、ちょっとこれは本気やばい!
「い、いい加減にしろ!!」
「えーそんなオレと部長の仲じゃないですか」
エルフがぎゅ、っとふざけて抱きついてきたもんだから簡単に心臓が飛び跳ねてしまい、
勝手に罪悪感を感じて、なんとか必死に離れようと抵抗したけどなかなか離れてくれない。
「………エルフお前、人の面で何してやがる」
「ロ、ロス!」
エルフの後方に鬼の形相をしたロスが立っているのが見えた。あ、やばい。別の意味でやばい。
怒ってる、あれはロスめちゃくちゃ怒ってる。ボクは隙を付いて逃げる様にエルフから離れた。た、助かった。
「いやあロスさんモテモテやなあ、うらやましいわ〜この姿でおったらいっぱい女の子に声かけてもろて─
ちょ、待って、あの、すんません、ロスさん?どうして指をボキボキと鳴らしているんですか?待って!!
勘弁して!!これはほんの出来心で!!うぎゃあああああ!!!いやあああああ!!!!…………ぐふ」
さようなら、エルフ。君の事は忘れない。
「ちょっとエルフ!!掃除当番でしょ!ちゃんとやりなさいよ!」
エルフが散々ロスにボロカスに殴られた直後、ほうきを持った女子生徒が隣のクラスから顔を出して大きな声で言った。
「やっば!!隠れないと!!」
「立ち直り早!!」
ロスにボコボコにされたにも関わらずエルフは飛び起きて廊下を走りだした。いつものエルフの素顔に戻っている。
額にはうん、タンコブできてるけど、あの元気はどこから出てくるんだ。エルフは近くの、というかうちのクラスの教室の中に逃げ込み何故か窓際の白いカーテンの中にくるまった。
不思議そうに掃除当番の生徒達数人がその光景を見ている。
「ふふふふふ。これで完璧や !」
そもそも自分で声に出して言っちゃってる時点でアウトなのに、あれでカーテンの中に隠れているつもりらしい。
てかカーテンの丈短いし思いっきり足とか見えてるのに。女子は無言で教室に入りカーテンをひんむくと、
エルフの首根っこを掴んでずるずると引きずっていった。
「ほら、行くわよ。お邪魔しました〜」
「あ〜〜れ〜〜〜」





「………なあ、家行く前にどっか寄ってく?」
「ええ、一度家に寄ってもいいですか?何所か寄りたい所があれば付き合いますけど」
「ううん、大丈夫。帰ろうよ」
「わかりました。鞄取ってきます」
ロスが教室に入るとボクは小さく息を吐きだした。ああもうホント、エルフの奴悪ふざけしやがって。
「行きましょうか」
ロスはそう言って教室から出てくるとさっさと先に歩いて行ってしまった。しかもかなり早い。
ボクが小走りで追いついてロスの隣を歩いてもロスは一言も喋りもしなかった。そのままボクらは昇降口を出て外に出た。
正面の校庭では運動部 が部活動に励んでいる。
「ねえ、なんか怒ってる?」
「なんでですか」
「だって…」
声がいつもより低くくて刺々しい雰囲気だし、さっきっから目も合わせてくれない。ロスはちらりとボクを見て小さなため息を吐いた。
「別に怒ってませんよ。腹が立っただけです」
「怒ってるじゃんか!!…エルフに?」
「まあそんな所です」
ロスは立ち止まってボクを見た。ボクもそれに続く。
「………さっき、あいつに何されたんですか?」
「え?なんかいきなり至近距離で名前呼ばれて抱きつかれただけだよ」
「本当に?」
鋭い赤い瞳に睨まれてちょっと怖い。思わず視線を逸らしてしまった。やましい事なんてなにもないのに。
「なんで視線逸らすんです」
「なんでって、でも嘘じゃないよ!」
ロスの顔がいきなり近づいてきて反射的にビクリと身体が動いてしまった。
「ロス…?」
次の瞬間バチンと良い音を立ててデコピンをされた。
「いったあああ!!何すんだよいきなり!!」
「別に」
「別にじゃないだろもう!何なんだよ!」
ロスはさっさと歩きだして1人で先に行ってしまい、ボクは額を掌でさすりながらまた彼の後姿を追いかけた。
び、びっくりした。いきなり顔近づけてくるんだもん。
「よっぽどエルフに変装されたのが嫌だったからってボクに当たるなよ」
するとロスは何か言いたげにボクを睨むように見たが呆れた様にはあ、と溜め息を落とした。
「…?…まあでも、あいつの変装好きには参るよなあ、技術はすごいけどあれでもう少し、こう、さあ」
「ええ、ちょっとあれ、ですよね」
微妙な沈黙が流れる。
「な、なんだよ!別にボクは馬鹿だなんて思ってないし!」
「あー言っちゃった!部長馬鹿って言っちゃった!」
「そういうロスだって馬鹿って言っただろ!」
「また馬鹿って言いましたね!馬鹿って何度も!馬鹿な部長に馬鹿って言われるエルフって… ブフ」
「酷い言われようだ!!」
よかった、ロスの機嫌も少しは収まったみたいだ。相変わらず酷い言われようだけど、いつもの会話のやり取りが戻ってきた。
そこでふと気がつくと、いつの間にか校門前まで歩いてきてしまった。
「あれ、今日自転車じゃないの?」
「ああ、今朝パンクに気付いて仕方がないので歩いて来たんです」
「え!ロスの家から歩いたら結構かかるんじゃないの?」
「まあ3、40分ぐらい掛かりましたけど大したことないですよ」
「え〜ボクだったらバスとか使っちゃうなあ」
都会暮らしだとどうしても便利で楽な考えが浮かんでしまう。
「これだから怠け者の都会っ子は」
「お前それボク以外の人にも喧嘩売ってるから!」
バス通学している生徒だって大勢いるのにこの発言だ。
「大丈夫です。部長以外の人には言いませんから」
「尚更立ち悪いわ!!」
「仕方がないので部長のためにバス使ってあげますよ」
部長のためをわざわざ強調して言われた。
「ねえ、ボクも一緒に行っていい?アパートまで」
「嫌ですよ。どうせ後で会うんですから先に帰ればいいじゃないですか」
「何でだよ!いいだろ別に、1人で先に帰るより二人で一緒に帰ったっていいだろ!!」
ロスは目を見開いて驚いた顔をした。ボクは疑問に感じたがすぐに自分の口走ってしまった発言に
ロスが驚いた理由がわかって恥かしくなり、顔がじわじわと熱くなった。二人で帰るってまるで一緒に住んでるみたいじゃないか。
「ねえ、本当に嫌だ?」
恥かしくてドキドキしているのに口から出た言葉は意外と冷静に普通に言えた。
ボクはロスともっと一緒にいたいんだけど、それは心の内に閉っておこう。
「……ほら、さっさとして下さい。早くしないとバスが来てしまいます」
よかった、どうやら付いて行ってもいいようだ。ボクらは学校前にあるバス停へと向かった。
数分後バスが到着し乗り込むとちょうど帰宅時間でもあるせいか車内は結構混んでいた。
真ん中あたりまで移動して吊革に捕まり、すぐ右隣にはロスがいる。かなり近い。発車するバス。目の前の景色がゆっくりと、徐々に早く流れていく。
と、次の瞬間バスが大きく揺れて止まると身体が傾き、ロスと肩と肩が触れ合い寄りかかってしまい、慌てて離れた。
「ご、ごめん!」
「本当ですよ。全く、どんくさいですね」
いつもの嫌味を言われているのににやけそうになるのを必死に堪えた。
すこしの間だけ密着できて嬉しいとか女子かよボクは。何か別の話題を話そう。
「そういえば部長は音楽とか結構聴くって言ってましたよね?」
と、思っていたらロスの方から話しかけてくれた。
「うん。なんで?」
「最近オレも気になっているバンドがあるんですよ」
「へー!なんていうバンド?」
「魂ミキサーっていう…」
「ぶっ!!」
リアルに噴出した。魂ミキサー。それはボクが密かに考えていたバンド名。
自分で作詞作曲しているのは誰にも秘密のはずなのに!
「な、なんで知ってんだよお前!!!」
動揺のあまり大きな声を出してしまい周りの客達から注目を浴びてしまった。
「前に遊びに行った時、部長の部屋にノートが落ちていたので、偶然見つけてしまいまして」
「な、な、何勝手に見て…!!てかなんでこのタイミングで言うんだよ!?」
「部長の焦った顔が見たくてつい」
「うわあああ―最低だお前本当に最低だ!」
恥ずかしすぎて顔から火が出そうだ。
「うう…お前わざとだろ…わざと今言ったんだろ」
「はい!!!」
ものすごくいい笑顔で言われた。もう、本当になんでボクはこんな奴が好きなんだ!
「部活のメンバーで歌うんですか?精一杯オレ歌いますよ」
「歌うかあ!!」
「部長のくせに歌だけは上手いですよね。まあ人間誰しも取り柄の一つや二つはあるわけですし」
「褒められている気がしない…」
それからしばらくロスにいじられていたが、なかなか外の景色が変わらずゆっくりと動いてはまたすぐに止まり
しばらくしてまた動いてはすぐに止まるの繰り返しで渋滞になるような道路だったっけ?となんとなく
思っていたら、とうとう数分間もバスが止まったまま動かない。その間サイレンの音が数回聞こえてきて消防車と救急車がバスを追い抜いていった。
「何かあったのかな?」
「事故でしょうか。次のバス停で降りましょう。歩いたほうが早いかもしれません」
「うん、そうだね」
「まあこの辺りだったら10分程度でアパートに着きますよ。貧弱な部長でも」
「それくらい歩けるよ!」
それでもバスはなかなか動かない。ボクの前に座っていたサラリーマンの男性が時計を頻繁に気にしていた。
突然ドス、っと右わき腹に何か鈍い衝撃が当たった。殴られたのだ、もちろん犯人は1人しかいない。
「…っっ!!」
痛みのあまり声にならない。
「ロス…今の…お前…いきなりなにしやがる」
「暇だったので」
「暇だと人を殴るの!?」
「はいっ!部長限定で!」
「楽しそうな顔して言うなー!!」
涙目になりながらロスについてきた事をちょっと後悔した。ちくしょう、どうしていつもこんな目に!
ああ早くバスよ動いてくれと祈ったら本当にゆっくりとバスが動き出してくれた。停留所がすぐそこに見えていて
ほっとしたらワザとロスは舌打ちをしやがった。バスを降りるとボクらと同じ考えだった客もいたのか、結構な人数が降りていった。
「ねえ、あれ、煙?」
「え?どこどこ」
一緒に降りた同じ学校の制服に身を包んだ女子生徒が指をさした方向をボクも見た。
煙が空高く上がっている。普通の煙じゃない。真っ黒に近い灰色の煙が轟々と空に昇っていく。
脳裏に「放火」という文字が浮かび、嫌な予感がした。
「な、なあ!あっちってロスのアパートがある方じゃ…!!ま、まさか、火事…!?」
「…急ぎましょう」
ロスは冷静な声でそう言うと走り出した。ボクもその後に続いた。
不安な気持ちがどんどん胸へと広がっていく。ボクらは急いでアパートへ向かった。

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