繋がり。***09



あれはボクが2人と仲良くなってしばらくした後だったと思う。
怪我も順調に回復し頭の包帯も取れて元気に歩き回れるようになった頃だ。
ボクは生まれつき左目が赤いせいで周りから好奇の目で見られるのが嫌でずっと眼帯をしていた。
シオンとクレアに知られた時もからかわれる!って思ったけれど2人は悪く言わなかった。
クレアは持ち前の明るさで「キレイだよね!シーたんとお揃いだね!」と笑って
シオンには「そんなこといちいち気にしてたのかよ」と失笑されてしまった。
嬉しかった。本当に。本当に嬉しかった。いつもいつもからかわれていたし
そんな事を言ってくれたのは2人が初めてだったから。
それでも周りの目は気になってしまうものでボクはずっと眼帯を外せずにいた。
そんなある日、いつものようにシオンとクレアとボクの3人で病室で話をしていた時だ。
左目のむずがゆさを感じふとその眼帯を外して目を数回瞬きをさせてこすっていた。
「ねえ、どうして左目だけ赤いの?」
ボクはしまったと思ったがもう遅い。同じ病室の向かいのベッドの男の子に見られてしまい尋ねられたのだ。
その子の歳は知らないけれどボクより少し背が高かった。その子はボクのベッドの隣まで来ると不思議そうに左目を見ていた。
その様子を側にいたシオンとクレアも男の子を目で追っていた。
「う、生まれつきだよ」
ボクは不安になった。けれど同時にシオンとクレアのように受け入れてもらえるかもしれないという淡い期待も抱いていた。だけど。
「変なの」
現実はそんなに甘くはなかった。
「へ、変じゃないよ!」
「だっておかしいだろ。普通の子はそんな片方だけ赤くないもん。アルバ君は普通じゃないんだよ」
「違う!」
「だってみんな同じ目の色だよ?普通の子じゃないからそんな変な目の色してるんだよ」
きゅうと胸が締め付けられる。これで何度目だろうこの感じ。幼稚園でも学校でもからかわれた。
だから前髪だって長く伸ばして、目を隠してた。でもお母さんに目が悪くなるからやめなさいって言われて仕方なく
左右に分けてて、それでもやっぱり嫌で前髪は切らなかった。ボクは俯いた。涙が出そうだ。ダメだ、泣くな。泣いたらダメだ。
「謝れ」
ボクは思わず顔を上げた。シオンだ。シオンがその子にそう言ったのだ。同じくシオンの隣にいたクレアは何も言わずにただシオンを見ていた。
「なんでだよ。おかしいって本当の事を言っただけだろ。ボクは悪くない」
その瞬間シオンはその子に歩み寄り胸倉を掴むとなんと左頬めがけて殴ってしまったのだ!
倒れはしなかったもののその子は一歩、二歩と後ろに後ずさる。
「いってえな!何すんだよ!!」
「痛い?当たり前だろ。痛くしたんだ。お前だって言葉の暴力でアルバを殴ったんだ。アルバだって痛い思いをしたんだ。だからちゃんと謝れ」
その子は言葉を詰まらせた。ボクも言葉が出てこなかった。シオンとその子は互いに睨み合っている。周りにいた病室の子達もなんだなんだとこっちを見ていた。
「けんか?」「先生呼んでこようよ」とひそひそと女の子たちが話している声が聞こえてきた。
「シオン!」
ボクはシオンの側に駆け寄った。
「そんなのボクのせいじゃない!変なのはアルバ君だ!」
その子はボクを指差して叫んだ。
「お前まだそんな事を!」
「もういい!もういいよシオン!」
ボクは尚も掴みかかって今にも殴りかかりそうになったシオンの服を掴んで必死に止めた。
その子は周りの視線やその場にいるのが居た堪れなくなったのか勢いよく病室を出て行ってしまった。
「シーたんかっこいい〜!」
今まで口を出さなかったクレアはここで初めて口を開いた。
「…シオン、あの、ありがとう」
「別に」
シオンは不機嫌な顔をしてそっぽを向いてしまった。
「でもすぐに手が出るのはシーたんの悪い癖だよ。後で大人に告げ口されるかもね」
「ふん。その時はその時だ。次またなんか言われたらオレが守ってやる」
「え?」
「シーたんそれなんて告白!も〜ホンットシーたんはアルたんの事大好きだよね〜─あいた!!ちょ、なんでオレを殴るの!」
「うるさい黙れ!」
「シオン、ボクはシオンのこと大好きだよ!」
ボクは思った事を言っただけなのにシオンはびっくりした顔をしてクレアを殴る手を止めて、その拳がわなわなと動いていた。
シオンは呆然とボクを見ている。テレビの中で一時停止したみたいに固まっちゃった。なんでだろう。
「アルたん!タメだよシーたんそういうの慣れてないから恥かしすぎて照れちゃうよ!」
次の瞬間止まっていた腕は動きだしクレアのお腹にシオンのパンチがさく裂した。クレアはお腹の辺りを両手で抱えている。
「うう…オ、オレ病人なのにひどいよ!」
「ごめん、オレクレアがそんなにつらい病人だったなんて知らずに殴って…」
「顔と台詞が合ってないよ!なんでそんな怖い顔してるの!ちょ、指ボキボキ鳴らしながら言わないで!助けてアルたーん!」
むぎゅっとクレアはボクに抱きついてきた。
「ねえねえアルたん、オレは?オレのことも好き?」
「うん!クレアだって大好きだよ!」
「オレもアルたん大好き!」
ぎゅうっと抱きつかれて頬と頬が重なってすりすりしてくる。
ちょっとくすぐったい。そんなボクたちを呆れながらシオンは見ていた。

その後シオンに殴られた男の子はクレアの言った通り大人に告げ口をした。自分のお母さんにだ。
シオンとボクはそのお母さんとその子に呼びだされた。といっても病室のすぐ側の廊下に。
確かに先にその子を殴ってしまったシオンはいけない。だけどシオンは気がついてくれた。
ボクが痛い思いをしたこと。ちゃんとわかってくれていたからこそ怒って殴った。
その子のお母さんも殴られた理由を知って自分の子供の方が悪かったとその子と一緒にボクに謝った。
シオンは素直じゃないからなかなか殴った事に対してごめんなさいと言わなかった。
だからボクがシオンの代わりにごめんなさいをした。そしたらシオンはびっくりした顔をしてボクを見て、
納得がいかない顔をしていたけれどごめんなさいをした。2人で一緒にごめんなさいをした。
「お前は悪くないのに」
シオンはボクと2人きりになると悔しそうにそう言った。
「ううん、それは違うよ。だってボクのせいでシオンがあの子を殴っちゃったんだもん。だからね、今度はボクがシオンを守るよ」
「は?」
「シオンがピンチになったらボクがシオンを守る。ボクだって男だもん!守られるだけなんて嫌だよ」
そう言ってボクが笑ったらゴツンと頭を殴られた。
「アルバのくせに生意気。弱っちくてすぐにぴーぴー泣くくせに」
「な、泣いてないよ!」
「泣くじゃん」
「今は泣いてないもん!」
「でもすぐ泣くし」
「泣いてない!」
お互い一歩も引かずに睨みあう。なんだよ。シオンの意地っ張り。
けれどほぼ同時にぷっと笑いが吹き出してきて2人で笑った。
「部屋、戻ろっか。クレアも心配してるし」
「そうだな」


ボクがにっと笑うとシオンも笑ってくれた。



***



翌日。ボクはおトイレに行った帰りに病室へ戻るため1人で廊下を歩いていた。
「アルバ君」
「あ、シオンのパパさん!」
呼ばれて振り向くとそこにいたのはシオンのパパさんだった。
ボクは自分の両親の事をお父さんお母さんて呼ぶけれどクレアはシオンのパパさんだって呼ぶから
自然とパパさんと呼ぶようになっていた。
「珍しいね。君1人?」
「うん。シオンとクレアはお部屋にいるよ」
するとシオンのパパはしゃがみ込んでボクの眼帯をしている左目を見ているようだった。
昨日の一件があって、もう眼帯は取ってしまおうかとも思ったけれどやっぱりまだ左目を大勢の人の前で晒すのは嫌だった。
「聞いたよ。シオンが喧嘩したんだって?君を庇って相手の子を殴ったって」
「うん…でもシオン悪くないよ!悪いのはボクのこの目のせいだから…」
ボクは俯いてきゅっと下唇を噛んだ。
「アルバ君は悪くないよ。確かに殴ってしまった事はいいことではないがあの子は友達を守るためにその拳を使ったんだ。
すぐに手が出るのはシオンの悪い癖だからオレも手を焼いているけど、根は優しい子なんだ」
「知ってる。シオンは思った事を口にするのが下手なだけなんだよ」
シオンのパパさんは目を大きく開いてボクを見た。びっくりしたみたいだった。
「はは、すごいなあ!アルバ君はそんな事まで分っているんだなあ」
「だって友達だもん!」
「シオンの事は好きかい?」
「うん!大好き!」
「なら、君で決まりだ」
にこりとシオンのパパさんは笑った。
「何が決まりなの?」
「君はシオンを大切に思ってくれている。シオンも君を大切にしている。君とクレア君はあの子にとって特別だからね」
「パパ、さん?」
「いいかい?アルバ君には近いうちにあるお願いを頼みたいんだ。だけど誰にも秘密にしておきたいからね。
その時までシオンやクレア君にも内緒だよ」
「うん、わかった!」
「これからも、シオンと仲良くしてあげてね」


どうしてだろう。いつもにこにこしている優しいパパさんなのに
なんだか今日のパパさんの笑顔が、怖かった。



***



また別の日の話。今日はシオンがまだ病室に顔を出さなかった。
もうすぐお日さまが沈みそうでお空がオレンジ色になり始めていた。
「今日はシーたん来ないね、お家かな?寂しいね」とクレアは言った。
すると看護師さんがシオンならこの階のデイルームに1人でいたのを見たと言った。
どうして病室に来ないんだろう。ボクとクレアはシオンを探しに病室を出た。
広い広い病院はこの階だけでもちょっとした探検になる。一度3人で病院内を探検したら
いつの間にか別館まで行ってしまい迷子になって大騒ぎになりこってり先生や看護師さんに絞られた事があった。
だからあんまり遠くまで行くとまた看護師さんに怒られそうだけど探検をしなきゃ男じゃない。
だから今でも大人達の目を盗んでは3人で冒険の旅に出るのだ。もう迷子にならないように
地図だって手に入れた。読めない漢字が多いけれどなんとなくそれが地図だっていうのはわかる。
そして今日はシオンを探しに行くのが目的だ。この階とお庭の場所ならもう完璧だ!
ボクはクレアと2人でデイルームまで来てみたがシオンはいなかった。
「シーたんいないね」
「うん…」
「探しに行こうか。もしかしたらあそこにいるかもしれない」
「うん!」
ボク達はシオンの行先に検討はついていた。もしかしたらお庭にいるかもしれない。
あそこは緑も多くてシオンのお気に入りの場所でもある。お庭は1階にある。
まずは看護師さんに見つからないようにこっそりとエレベーターに乗り込むのが最初のミッションだ。
エレベーターに乗るには看護師さん達がいるお部屋の前を通らなくてはいけない。忍び足、掛け足で
エレベーターに向かいボクはエレベーターのボタンを押して監視役のクレアはエレベーターの前で看護師さん達を見張る。
エレベーターが来たら素早く乗り込む作戦だ。作戦開始!とボク達は素早くエレベーターの前に移動した。
ボタンを押して、早く早く扉が開かないかとそわそわする。クレアも緊張した面持ちで看護師さん達の動きを探っていた。
よし、看護師さん達はまだ気が付いていない。ようやくエレベーターの扉が開くと他に乗る人達に紛れて急いで中に入った。
エレベーターの閉るボタンを連打して扉が閉まるとホッと一息ついてクレアと2人で笑った。
「シーたんいるかな」
「多分いるよ。前もお庭で昼寝してた時あったじゃん」
「探そう!」
「うん!」
お庭まで来てしばらく歩いていると、いた。シオンだ。1人でベンチに座っていた。
早くも今日のミッションはこれで任務完了だ。でもなんだか様子が変だ。ぼーっとしていてどこかを見ている。思わずクレアと顔を見合せた。
ボク達はすぐにシオンの側に駆け寄った。シオンはボク達に気がついて少し気まずい顔をした。
「ねえどうしてすぐに病室に来なかったの?」
クレアが聞いた。
「うるさいな。別にいいだろ」
「あーそういう事言っちゃうんだ。傷つくなあ!」
「勝手に傷ついてろ」
「シオン…」
ボクとクレアはシオンを真ん中にしてベンチに座った。ボクは左側。クレアは右側へ。お庭を歩いている男の先生と看護師さんがいる。
ボクはなんとなくその人達を見ていた。シオンもクレアも喋らない。だからボクもそうしてた。
お空が綺麗なオレンジ色だ。もうすぐ夜になる。
「……父さんが、今度の週末帰って来れないって」
ぽつりとシオンはそう呟いた。
「パパさん忙しいんだ」
「帰ってくるって約束したのに…」
そう言いながらシオンの視線の先を目で追っていくとそこにいたのは親子連れだった。
お父さんとお母さんとボクらよりも小さな女の子。お父さんと女の子とお母さんは仲良く手を繋いでいた。
「今日は何が食べたい?」
お母さんが尋ねる。
「うーんとうーんと、ハンバーグ!」
「ミサは本当にハンバーグが好きだなあ」
お父さんが笑っている。
「よーし!お母さん頑張って作っちゃうぞ!」
家族の楽しそうな会話。シオンはそんな光景を見つめていた。
そっか、シオンにはお母さんがいないんだ。お父さんも忙しくてお仕事でお家にいない。
こうして病院に顔を出しているけれどいつでも会えるわけじゃない。ボクだってお父さんとお母さんがいないのは寂しい。
今はシオンとクレアがいてくれるから寂しくない。だけどそれでもやっぱり寂しいって思う時だってある。
シオンだって同じなんだ。シオンも寂しいんだ。ボクはシオンの向こう側に座っていたクレアを見るとクレアと目が合った。
クレアは小さくこくりと頷いた。ボクも頷く。
「シーたん」
「シオン」
ボクはシオンの左手を、クレアはシオンの右手をぎゅっと握った。
シオンは驚いた顔をして振りほどこうとしたけれどボク達はぎゅううって強く握った。
「シーたんにはオレがいるよ!」
「ボクだって!」
「はあ?いきなり何言ってるんだ。気持ち悪い」
きつい言葉が返ってくるけれど多分それは本心じゃない。だってほんのりと頬が赤いもん。きっと照れ隠しなんだ。
最近それがようやくわかるようになったんだ。ちょっと嬉しい。
「3人で一緒に居れば寂しくないよ」
ボクはシオンの左手をもう一度ぎゅって握って言った。
「そうそう!」
「だ、誰が寂しいなんて言ったんだよ!」
「シーたんたまには素直になりなよ。本当は嬉しいくせに」
なんてクレアは強気の発言をした。本当ならパンチが飛んできてもおかしくはないが今は両手が塞がっている。
「後で覚えてろよお前ら!」
「ねえ今日はもうお部屋帰ろうよ。オレお腹空いた!今日のご飯なにかなあ!プリン食べたいなあ!プリン出ないかな」
「でもあんまり美味しくないよね病院のご飯って。ボク玉子焼き食べたい。甘いやつ」
ボクらは手を繋いだままベンチから降りた。
「…あれで一応栄養考えて作ってるんだよ。てかいい加減離せ!」
「「だーめ!」」
「お前ら!」
クレアとボクはもう一度目が合ってそれでお互いに笑った。
シオンを挟んで2人でシオンをぐいぐいと引っ張ってお庭の中を歩いた。
建物の中に入るとシオンが本気で恥かしがったので仕方なく手を離したけれど、その温もりはしっかりと手の中に残っていた。



***



そしてとうとうその日がやってきた。ボクの退院の日取りが決まったのだ。
それは、シオンとクレアとお別れをしなくてはいけない日だった。
やっとお家に帰れるのに帰りたくない。2人とずっと一緒にいたかった。
ボクは寂しくて寂しくてベッドの中でずっと泣いていた。
シオンに泣き虫だって言われても泣いていた。涙と鼻水でお布団がぐしゃぐしゃに濡れていた。
「泣くなよ」
シオンがボクに言った。
「だって、もうすぐお別れ、するんだよ?」
「離れ離れになってもオレたちはずっと友達だよ!」
クレアはそう言うけれど寂しいものは寂しい。
「嫌だよ、寂しいよ、学校行くより2人とずっと一緒にいたいよ」
「アルたん…」
「ひっく、ひっく」
「手、どけろ」
ボクはシオンに言われるがまま涙を拭っていた両手を顔から離した。ひっくひっくと嗚咽が追いかけてくる。
するとシオンはいつも身に着けている赤いスカーフを解いてふわりとボクの首に巻いてくれた。
それはシオンが大切にしているスカーフだ。
「これ、シオンが大切にしているものでしょ?」
ボクはシオンの顔をじっと見た。涙は止まっている。
「次に会う時にそれ返せよ。それまで預ける約束。な?」
「…約、束…うん、でも…」
「あー!!シーたんだけずるい!!オレもアルたんになんかわたすー!!」
クレアは隣のベッドでごそごそと何か探している。そして手に持っていたものをボクの目の前に出してきた。
「はい!」
それは、お手製のネックレスのようだった。真ん中には何かのマークが描いてある。
真ん中に丸が描いてあってハート、が変形?したみたいなマークだ。
「オレが作ったんだよ!シーたんとアルたんには内緒でね。このマークはねオレが考えたの。ラブ&ピース!これは仲間の証なんだからね!はい、こっちはシーたんの!」
「わー嬉しいなあ、ありがとう」
「って言ってる側からゴミ箱に捨てないで!?」
仲間の証…じわりとまた涙が溢れてくる。
「次泣いたらぶん殴る」
「!!!」
シオンが右手の拳を構えた!今にも殴られそうな体勢に流石にボクも驚いて涙も引っ込んだ。
シオンの赤いスカーフに、仲間の証のネックレス。胸の奥が温かい。ぎゅうとこの二つを両手で胸のあたりで握りしめた。
「へへ、嬉しい。嬉しいよ」
「気持ち悪い笑い方すんなよ」
「だって、嬉しいんだもん」
「それに毎日会えなくなるだけだろ」
「そうだよ。いつでも遊びに来なよ!オレはまだ入院してるしこの病院に来ればまた会えるし」
「で、でも…」
ボクのお家はこの病院から車でどれくらいかかるんだろう。車はお父さんかお母さんじゃなきゃ乗れないし1人でここに来るなんて無理で。
そう考えたらまた泣きそうになった。でも泣いたらかっこ悪い。シオンに殴られるのはヤダ。ボクは泣くまいかとずずーっと鼻をすすった。
「て、手紙書く!」
「いらねーよ。女じゃあるまいし」
「シオンはボクとお別れしても寂しくないの…?」
「寂しいに決まってるじゃん。シーたん素直じゃないから言えないだけだよ」
「クレア、歯食いしばれ」
「わーわー!暴力反対ー!」
「電話もするよ!」
ボクがそう言うとシオンはクレアの使っている棚の引き出しを勝手に開けて小さなメモ帳とペンを取り出した。
そこにそれが入っているのがわかっていたみたいだ。そして何か書いている。書き終わるとそのメモを破ってボクの目の前に渡してきた。
シオンはシオンでボクを見ようとしないでそっぽを向いている。
「…家の番号、ここに書いてあるから」
シオンはぶっきら棒にぽつりと言った。ボクは嬉しくて笑顔でメモを受け取った。
「…うん!絶対絶対電話するからね!ねえ、クレアも教えて。退院したら連絡したいよ」
「もちろんだよ!」
クレアは嬉しそうに笑ってくれた。
「シオン君、ちょっといいかな?」
看護師さんだ。看護師さんがお部屋の入口の所でシオンを呼んでいる。シオンは呼ばれるがままお部屋の外に出てしまった。
するとその様子を見ていたクレアがボクの側にやってきて耳打ちをしてきた。
「あのさ、オレのは持っていてくれるだけで嬉しいし、シーたんのスカーフだけ毎日首に巻いてあげなよ」
「どうして?」
クレアの言っている意味がよくわからない。クレアはによによと笑っている。
この笑い方はなにか企んでいるような、よからぬことを考えていそうだ。
「あのね、シーたんには内緒だよ。シーたんはね、アルたんが好きなんだよ」
「ボクも好きだよ?」
「うーん。お子様のアルたんにはちょっと難しかったかな」
「自分だって子供じゃん!」
ボクはちょっとむっとした。
「多分友達の好きじゃないと思う」
「好きに違いがあるの?」
「うん。そうだよ。知らなかったの?色々種類があるんだよ」
「…よくわかんない」
だって好きは好きだ。シオンもクレアも好きだ。それ以外に何があるんだろう。
「初めてなんだよね、あんなシーたん。誰かのために何かをするってさ。特にアルたん絡むと。正直あのケンカ騒ぎはオレも驚いた。
普段のシーたんなら殴っちゃった子と一緒になってアルたんをからかって傷つけるよ。今までだって平気できついこと言われたりしたでしょ?でもそうしなかった」
確かに思い返せばなかったとは言い難い。
「う、うん…だからボク最初はシオンのこと苦手だった…すぐぶつし、ひどい事いっぱい言うし…で、でも、
一緒にいる内にいっぱいシオンのいい所も悪い所も見てきて、シオンは本当は優しくて素直じゃなくて、ちょっと不器用なだけなんだって」
するとクレアはびっくりした顔をした。そういえば前にパパさんにも同じ反応をされたっけ。
「…アルたんって結構シーたんのことちゃんと見てるんだね。すごいよ!普通気がつかないよ!」
「そ、そうかな?」
「うん、これは応援してあげたいなあ。前にアルたんに大好きって言われて見事に固まったシーたんは本当に見物だったよ〜
あれは多分本人も自分の気持ちに気づいてないんじゃないかな」
うんうんと何かを納得しているように頷いているがボクにも分るように説明して欲しい。
「ねえボクにも分るように教えてよ」
「アルたん!まずはもっと親睦を深めるために退院してからもシーたんに毎日電話してあげてね!毎日の連絡ここ重要だよ!」
「しんぼく?しんぼくってなあに?クレアは難しいこといっぱい知ってるね」
「だってオレの将来の夢は可愛いお嫁さんと結婚して幸せな家庭を作ることだもん!勉強も出来る男じゃないとね!あ、親睦っていうのはシーたんとアルたんがいっぱい仲良くするってことね!」
自信満々に胸を張ってクレアは答えた。でもシオンがここで部屋に戻ってきたのでこの話はここでおしまいになってしまった。
クレアはボクに耳打ちをして「さっきの話はシーたんには内緒だよ」と言った。
結局好きの違いって何だろう?
でもまあいいや。きっとそのうち分るようになるだろう。その時は単純にそう思っていた。
ボクは手の中に握られたままの電話番号の書かれたメモ帳を見つめた。


──…けれどその番号に電話を掛けることは一度たりとも叶わなかった。

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