繋がり。***07



あの一世一代の告白イベントからあっという間に一週間が過ぎた。
めでたく両想いだとわかりお互いの気持ちを知ることができた。
だからといって劇的に何かが変化するわけでもなかった。
ロスもボクもいたって今まで通りの日常を送っている。
本当にこいつはボクの事が好きなの!?と突っ込みたくなるほど暴言吐くわ殴るわどつくわで何も変わらない。
キスも抱擁もあの一度きりだ。

ただ少し、前よりほんの少しだけ優しくなった、と思う。
ボクは時折ロスが見せてくれる嬉しそうに笑ってくれる顔が好きなのだが、その頻度が増えた気がする。
それがボクのおかげだとしたら嬉しい。これくらいは自惚れたい。





制服も夏服に変わりその日は日差しが照りつけ気温は30度と真夏並みの気候で、夕方になれば日が落ちて少しはましな気候になった。
ボクは学校が終わり、1人駅前のファーストフード店に足を踏み入れた。ロスはバイトなので一緒にはいない。
自動ドアが開き店内に入ると夕方というのもあり結構混雑している。賑やかでJーPOPの音楽が流れていた。
店内を見回すと待ち人はもう来ていた。奥の壁際、二人席に後ろに座り空色の頭が見えた。
ボクとは違う制服の夏服、青のチェック柄が入ったズボンに白の半袖シャツに身を包んでいる。見た事が無い制服だ。
この辺の学校ではない事は確かだ。
「ごめんお待たせ!」
声をかけるとクレアはぱっと顔を上げた。右手には携帯を持っている。
「ううん〜オレもさっき来たところだよ。今日はあっついね〜」
クレアはずずずーとドリンクを飲んだ。もう中身がないのか。
「ボクも飲み物買ってくる。あ、買ってきてあげようか?もうそれ入ってないでしよ?」
「へへへ、喉渇いてたから一気に飲んじゃった。ごめん、お願いしてもいい?」
クレアはポケットからシンプルなブラウン一色の折り畳み財布を取り出した。
「あ、いいよいいよ。呼び出したのはボクだし、奢るよ」
「え、悪いよ!」
「いいからいいから。何がいい?」
「本当にいいの?ありがとう!えーと、じゃあコーラで!」
「了解!」
「いってらっしゃ〜い」
カウンターに並ぶと店員のお姉さんは「いらっしゃいませーー!」とスマイル付きで元気良く明るい声で言った。



席に戻り座るとボクはことりと、Mサイズのドリンクを二つテーブルの上に置いた。
「ありがとう!ごちになります!」
「いえいえ」
「それでどうしたの?突然二人で会いたいなんて」
クレアはドリンクを受け取ると話しを切り出してきた。
「うん…」
どこから話せばいいか思考を巡らせる。
「あの、その、あいつの事、一番良く知ってるのはクレアだからその…」
「なになに?ロス絡みの相談事?」
「う、うん」
ボクはコーラの入ったドリンクのストローに口をつけて一口、二口と続けて飲んだ。水滴が指についてしゅわしゅわと炭酸が喉を通っていく。
「クレアはロスの好きな人、知ってる?」
クレアは驚いて両目を見開いた。でもすぐにそれは笑顔に変わる。そして続けてこう言い放ったのだ。
「うん、知ってるよ。アルバ君でしょ」
「え!?」
「アルバ君も好きなんでしょ?あいつの事」
頬が熱くなってしまった時点でそれはもうクレアにYESと伝えているようなものだ。
は、恥かしい。クレアはボクを見つめながらにこにこと笑っている。
「この前初めて会った時に確信したんだ、あ、アルバ君もあいつの事好きなんだなあって」
「うわああああもうなにそれボクってそんなにわかりやすかった!?」
「うん。かなり。大体好きな相手じゃなきゃいくら友達だからって普通迎えに行かないって!」
「ごもっともです!!」
しまった。つい突っ込んでしまった。クレアはクレアでくすくす笑っている。
「そ、それで、その、あいつ、ボクを好きだったって…」
ボクは俯いて視線を泳がせる。好き、の部分はかなり小声になってしまった。
「なーんだ!やっと告白したんだね!」
「え!??」
ボクは驚いて顔を上げた。
「ふーん、そっか。告白したのか…」
クレアの視線は左上に流れてにやにやと笑いながらドリンクに口を付けた。クレアの咽がごくりと動く。
「し、知らなかったの?てっきり話してるかと…」
「いや、絶対自分からは言わないと思うよ。特にオレにはね。ほーんと素直じゃないでしょ?あの性格だから」
クレアは苦笑を漏らすとやれやれと首を小さく左右に振った。
「大変だったんだよ?君と同居するってなった時。まあ今だから話しちゃうけど
ロスは君が自分に好意持ってるって気が付いてたし、あいつもアルバ君のこと好きだから
こっちは毎日必死に理性を抑えているのに呑気に隣で寝やがって〜って。
一番腹が立ったのは笑顔で「大丈夫!ロスの力になりたい」とかアルバ君言っちゃったんでしょ?珍しくしばらく愚痴ってた」
「で、でもそれはボクだって本当はちっとも大丈夫じゃなかったんだよ!?」
「それはあいつも同じだよ。ああでもアルバ君とずっと一緒にいられるって
相当戸惑ったみたいだけど嬉しそうなオーラ出しまくりでさあ、あ、これあいつには内緒ね。オレ殺される」
なんて笑いながら話しているが、聞いているこっちは驚きの連続だった。
「クレアには、そういうこと、話すんだね…」
「付き合い長いからね」
「ふーん…」
いいな、幼馴染みって羨ましい。
「それに2人が付き合うならオレ大歓迎!寧ろオレは応援してたし。
言っとくけどオレはあいつの事は大好きだけど大事な友達って思ってるからだからそんな風にやきもち妬かなくても平気だよ」
「や、やだな!そんな事無いよ!?」
動揺する心をなんとか笑顔で塗り固めて隠したが、み、見抜かれている。
「ねえ、告白されて嬉しかった?」
クレアは身を乗り出して問いただしてきた。ボクは小さくこくりと頷いた。
「うんうん、オレも嬉しいよ。2人には幸せになって欲しい」
「クレア…」
「絶対に」
真っ直ぐに向けられてくる強い瞳。ボクも見つめ返す。
妙に熱い視線を不思議に感じたが、クレアは次の瞬間にこっと微笑んだ。
「ねえねえもうキスした?」
「え!?あ、えっとその、ええとー……はい」
「わ!本当に?それ以上は?」
「な、ななななな!??」
「あはははっ!顔真っ赤だよ〜?純粋だねえアルバ君は!ねえ、あいつには黙っとくからさ、
アルバ君的にはそろそろどうなりたい?折角同居してるのになかなか手出して来ないでしょあいつ」
流石幼馴染みだけあってよく存じていらっしゃる。
「しかも初恋だしね〜、今まで誰とも付き合った事無いし」
ボクは自分の耳を疑った。
「へ!?嘘!だってロスって結構もてるんだよ!?そ、それに初恋って…」
「あ〜やっぱりね。でもアルバ君が初恋ってのはホントホント。
あの容姿だし昔からもてたんだけど、「興味ない」って告ってくる女の子達をそれはもうバッサリ」
「あ、それ、今も同じだ…」
学校で放課後呼び出しがあったり、結構な頻度で女の子達に声を掛けられたり
ボクを通してロスと仲良くしたい、紹介して!って言ってくる女子もいた。
誰かがロスに告白したとなればすぐに噂になったが、ロスは誰とも付き合う事はなかった。
「それはアルバ君が一番理解してるでしょ?」
「う…」
かあと頬が熱くなった。
「ほらほら、クレアさんに話してみなさい。ん〜?」
「や、あの…ボクはその…絶対叶わないと思ってたから、まだあまり実感が湧かないというか…」
ボクは照れ隠しを誤魔化すため目の前のコーラをごくごくと飲んだ。案の定炭酸のせいでむせた。
「ダメダメそんなんじゃ!ここはアルバ君から誘ってみたら?」
「な、何を!?」
「またまたあ、わかってるくせに」
「だから何を!??」
ボクは動揺しながらつい、大きな声で言ってしまった。
「そりゃ恋人同士になったんだからするとしたらひとつでしょ。アルバ君はまだ早すぎるって思う?
でも勢いってのも必要だと思うんだよ、オレは」
「ストップストーーープっ!!!こ、こんな公衆の面前で何を言うつもりですかクレアさん!??」
「オレは別に何も言ってないけど?あ、エロい事でも考えちゃった?」
「ほ、本気で怒るよ!??」
この後もしばらくクレアにロスとの関係をどうなっていきたいのか色々と聞かれるはめになった。
だけどこの時は、深く考えてもいなかった。


「2人には、幸せになって欲しい。──絶対に」


クレアの言葉の真意をボクはまだ何も知らなかった。





──アルバ自室──




「む、無理!!」
ボクは自分のノートパソコンを勢いよく閉じてしまった。だ、大丈夫だっただろうか。
もう一度ゆっくりと開いてなるべく内容を見ないようにマウスをクリックして開いていたページを即効で閉じる。
ボクは大きく溜め息を吐き出した。夕方クレアに言われた事が気になってしまい、男同士でするあるキーワードをネットで検索しただけで、
目に飛び込んできた画像や文章に危険を感じ即効で閉じてしまった。ダメだ、ボクにはハードルが高すぎる。こんなんじゃ先が思いやられる。
で、でも、いずれはそういう関係になるって事もありえるわけで……
それ以前にまだちゃんと付き合っているかどうか曖昧なままだし……
クレアは恋人同士って言ってたけどまだキスだって一回しかしてないし……
「………………」
よし、ちゃんと聞こう。大事な事だ。ボクは自分に気合をいれると、ロスのいる部屋へ向かった。
とりあえずロスは数日前からボクの部屋の隣の空き部屋だった部屋を利用している。
元々ちょっとした物置きになっていたのだが片付けは少しずつしていたのもあって
丁度あの告白イベントの日から、そこで寝る様になった。
流石に2人で同じ部屋で一緒に寝るのは本気で勘弁してもらいたい。

ロスが使っている部屋の中は綺麗なものだ。元々この部屋に置いてあるタンスや本棚、昔使っていた2人掛けの四角いテーブルが
そのままあるが前より広くなった気がする。母さんはロスにこの部屋を自由に使っていいと言っていたが
極力物を増やさないようにしているのか最低限の生活類、衣類などがフローリング、の上にはシンプルなブラウンのカーペットを敷いているのだが
そのままその上に畳んで置いてある程度だ。
「あの、ロスちょっといい?」
ドアの前で深呼吸をしてノックをする。
「用はないです」
「こっちはあるんだよ!!」
ロスはカーペットの上に座り、携帯をいじっていたがちらりとこっちを見るとすぐに視線を携帯に戻してしまった。
風呂上がりなのか、髪が濡れていていつもの三本アンテナが降りている。かっこいい。思わず見惚れてしまった。
初めて見たわけでもないくせに。いい加減慣れてもいいのにまだ慣れない。
ボクはロスの隣に腰を降ろし、つい正座して座ってしまうこと数秒。沈黙のまま微妙な空気が流れた。
「あ、あのさ…その、ボク達って、こ、こここ、い」
「ついに言葉もまともに発言できなくなったんですか……」
「可哀相な者を見る目をするな!!ってそうじゃなくて!!だ、だから、あれから、その、もう一週間経つよね?」
「ええ、そうですね」
ロスはそう言って弄っていた携帯をカーペットの上に置いた。
「ボク達は、こ、こいびと、同士って思っていいの、かな、ってその…ちゃんと、付き合うとか、どうするのかとか…話してない気がして…」
「え?ちゃんと付き合って下さいって言って欲しかったんですか?」
何故かブフーと思いっきり笑われてしまった。顔に熱が集まってきて、同時に恥かしさも込み上げてきた。
「なんだよ!笑うなよ!」
「今更確認するまでもないでしょう」
ロスはボクの胸倉を掴んだ。殴られる!!と咄嗟に両目をぎゅっと瞑る。けれど、痛みはどこからも感じない。
「貴方を愛しています。オレと付き合って下さい」
耳元でそれは反則だ。卑怯だ。立っていたら間違いなく膝から崩れ落ちていた。ゆっくりと両目を開けると目が合って。
「返事は?」
「………は、はい…喜んで」
消入りそうな声だったがちゃんと届いたようで。
「はい、よくできました」
ロスは満足そうに笑うと唇が重なった。あの日以来二度目のキスだ。すぐに離れてしまったそれに寂しさを感じた。
まだ離れたくなくて、ボクは自分からロスに抱きついた。これに驚いたのはロスの方で一瞬戸惑った顔をした。
しかし殴られるどころか腰に回される手の温もりを感じてドキリとする。ロスの温もり、匂い、全部が好き。
すごくドキドキするけれどずっとこうしていたい。それに、ロスが優しい。
「なにニヤニヤしてるんですか。気持ち悪い」
「ロスが優しいから明日は雨が降るかなって。ったああ!!」
せっかくのいい雰囲気をぶち壊して思いっきり頭の上から殴られた。更に頭をがしっと掴まれる。
「痛い痛いっ!!」
あ、やばいこれまた殴られる?と思ったがじい、と目を見つめられた。
「な、なに…?」
「フォイフォイじゃないんですけど、コンタクト、しない方がいいですよ」
「え?」
ロスの右手がボクの左頬に触れて。左目の下を親指が撫でた。
「赤い目、オレとお揃いです。オレの一部が貴方の中にあるみたいだ」
心臓がドクンと大きく飛び跳ねた。
「おまっ……なんっ…!」
もはや言葉にならない。ドキドキと心臓が高鳴っている。
「顔まで赤いですね」
「だ、誰のせいだと…!」
「嬉しいです」
ロスの笑顔はボクにとって凶器以外のなにものでもない。ロスデレは破壊力抜群だ。
「う、うう………」
「はあ、これぐらいの事でこんなに動揺されては先が思いやられますね」
「な、何が」
「はっ貴方に言うだけ無駄です」
「ひどい!」
その言葉や態度とは裏腹に今ロスが何を考えているのかが、なんとなくわかったような気がして。
一瞬昼間のクレアとの会話が脳裏を過ったが、すぐに頭の隅へ追いやった。
「ね、ねえ、それでさ、今度2人でどっか出かけようよ」
「どっかって何処にです」
「どこでもいいんだ。2人で出かけられるなら…デートしたい、なあって。えへへ」
あ、ロスが目を見開いて絶句している。自分だってそういう顔したりするじゃないか。
「見てんじゃねーよ!」
ロスが右手を上げたと同時にびくっとボクが身体を縮めると、その動きが止まり腕を降ろした。
殴らなかっただけでも拍手を送りたい!
「だいたい四六時中一緒にいるのに何処に行くんですか」
「え、えっと、映画とか」
「ベッタベッタの定番ですね」
「う、うるさいな!いいだろ!行こうよ、今度の日曜日!」
「別に観たいものなんてないんで却下です」
「最近近所に新しくできたケーキ屋さんの新発売のブルーベリーチーズケーキでどう?」
ロスがうっと言葉を詰まらせた。新しいお店だけど評判がいいのはリサーチ済みだ。
「………考えておきます」
「うん!じゃあ、ボクは部屋に戻るね!」
ボクは踵を返し後ろを向いた瞬間背中に人の体温を感じ、後ろからロスに抱き締められたんだと理解した。
「ロス?」
「許可もなく勝手に部屋を出ていくなんてアルバさんのくせに生意気ですよ」
「…なんだよそれ」
優しい物の言い方にその言葉の続きは、もう少し一緒にいて下さいと聞こえてきそうで。
やっぱり明日は傘を持って出かけた方がいいかもしれない。
ボクは静かにロスの手の上に、自分の両手を重ねた。自然と指が絡まる。
こうしてみるとロスの手の方が少し大きいんだなあとなんとなく考えて。
手が少し荒れている。後でハンドクリーム持ってきてあげないと。
「手、荒れてるね」
「ああ、がさつきますか?」
「ううん、痛くない?ここ、ひび割れしてる」
ロスの人差し指と中指を見ると赤く血が滲んでる個所がある。
「水仕事のせいでしょ、ボクも前に洗い物しててなったことあって、ボクの場合は洗剤変えたら良くなったけど…」
「心配してくれるんですか」
「そりゃそうだよ」
ボクは自然と笑みが零れた。ロスは返事の代わりにぎゅう、と力強く抱きしめてくる。
ああ、本当に些細な事でも生まれてしまうこの胸の高鳴りは慣れるものなのかな。
今日のロスは凄く素直だ。こんな経験滅多にできないかもしれない。
でもそんなボクの知らないロスがもっと増えていけば嬉しいなって思う。せっかくだ、もう少し甘えてみよう。
それからボクらはしばらく無言のまま抱き合っていた。

もう少し、このままで。







翌日、学校が終わり浮かれる気持ちでボクは1人家を目指して近所の商店街を歩いていた。
もしかしたら日曜日にデートしてもらえるかもしれない。考えるだけでワクワクする。
早く日曜日が来い!って。近いうちにケーキを買ってきてあげないと。
ああでもしないと一緒に出かけてくれなさそうだし。ロスは今日もいつものようにバイト。
直接バイト先に向かったのでボクは今1人だ。駅近くにある商店街はそんなに大きくはないけれどそれなりに賑わっていて人通りはある。
時折下町商店街としてテレビ撮影が来たりする時もある程だ。お惣菜屋さんのコロッケや中華屋の肉まんなど美味しそうな食べ物達が空腹を刺激するが家まで我慢だ。
商店街を抜けて横断歩道を渡り人気のない住宅街に入る。あと少しで家に着く。
「ちょっといいかな」
後ろから知らない男に声をかけられた。振り向くと30代ぐらいの男が一人立っている。
道にでも迷ったのかな?いや、それ以前にこの人どこかで…
「俺はこういうものなんだけど」
見せられたのは警察手帳だった。顔写真付で名前にはライマン・オズ・ボームと書かれている。
「け、警察…?」
「ああ、そんなに堅くならないでくれ。少し話を聞きたいだけだ」
「は、はあ…」
「君は、あの火災現場にいたよね?ロスという子とはどういう関係?」
ロスの名前が出てきた途端不快な気持ちになった。なんで警察がロスの事を?放火だからって誰でも疑ってるのか?
そうだ、思い出した。この人、あの現場にいた刑事だ。
「……友達ですけど」
「そうか。ああ、深い意味はないんだ。あの火事の事を少し調べていてね」
「……どうして、彼の名前が出てくるんですか。疑っているんですか?」
「そうじゃない。あそこの住人だったからさ」
刑事は淡々と答えていく。
「……君は俺の事覚えてない?無理もないよなあ、あれから十年か」
「え?」
「大きくなったな、あの時の子供がこんなにでっかくなっちまうんだもんなあ」
しみじみと刑事は懐かしそうに語るが全く記憶にない。十年前?昔どこかで会った事があるのか?
いや、そもそも刑事の知り合いなんていないし…


「用件はもう済んだ筈ですが」


聞き覚えのある声に驚いてボクは声のする方へ振り向いた。ロスだ。バイトに行った筈のロスじゃないか!
走ってきたのか肩で息をしている。おっかない顔で刑事を睨みつけていた。
「ロ、ロス!?お前どうしてこんな所に!?」
ロスはボクの言葉を無視して刑事の前に立った。まるで、ボクを刑事から遠ざける様に。
ピリピリする。ロスが警戒しているのがはっきりと伝わってくる。少し大げさじゃないか?
「そう警戒するなよ、話をしていただけだ」
「散々話したでしょう。もう用はありません」
「まあ待てって。…おやおや、さしずめ彼を守る戦士というわけか」
まるでボクを庇っているようなロスの行動を見て刑事は刑事でその口元は笑みを作りお手上げのポーズをわざとらしくしている。
「あんたになにがわかる」
「そう睨むなよ」
「オレは話す事は何もない、さっさと消えろ」
大人相手になんてきつい言葉の使い方だ。不安な気持ちがじわじわと広がっていく。


「お前さんになくてもこっちはあるんだ。ルキメデスの息子である君は今でも最重要人物だからな」


「ルキ、メデス…?」
ロスの、お父さん……?ボクは目の前のロスの後ろ姿を見たが、当然表情は見えない。
けれど、異様な空気は伝わってくる。
「……?」
刑事は不思議そうにボクを見ている。
「何を驚いているんだ?君だって知っている筈じゃないか。あの事件は─」
「止めろ」
ロスはとても低い冷やかな声で言った。あの事件…?
「行きますよ」
「え!?」
ロスはボクの右手を掴むと、家とは反対の方向へ歩き出した。今にも走り出しそうだ。
「ロ、ロス!」
掴まれた腕が痛い。指が食いこんでくる。後ろを振り返ると刑事は追ってくる様子はない。
とても話せる雰囲気ではなくて、ボクは大人しくロスについて行った。
怒ってる。間違いなく。機嫌が悪いのは見てとれる。あの刑事と何かあったのは間違いない。
それにロスの、お父さんって……ロスが1人身な事と関係しているの…?
前にロスは両親はいない、とだけ言っていた。なんともいえない不安が心の中に広がる。
ボクらはしばらく無言で歩いていた。見慣れた住宅街。地元とはいえ家とは反対方向だ。けれど流石に痺れを切らしたボクは口を開いた。
「なあ、ロス!ちょっと待てよ待てって!!いきなりどうしたんだよ、あの刑事となんかあったの?知り合いなの?」
ロスは繋がれたままの手を離し、立ち止まってくれた。
「…いえ、前の火災の時に会っただけです」
とてもそんな風には思えない。だけど、ロスがそう言うならとボクは何も言い返さなかった。
「あの刑事、オレがいない隙を狙って話しかけてきたんですよ。貴方に」
「え?」
「嫌な予感がしたんです。この街であいつを見かけて、気を付けてはいたんですが
追いかけて来て見れば案の定…いいですか。今度声を掛けられても無視して下さい。二度と関わらないで下さい」
「でも…」
「絶対に関わるな」
ロスはきつくピシャリと言い放った。その声には怒りも含まれていて、恐怖すら感じさせた。
「…!わ、わかったよ…」
とてもじゃないが「嫌だ」とは言い返せなかった。
「…送って行きます。帰りましょう」
「え、大丈夫だよ。1人で帰れるよ。それにお前バイトは?」
「遅れるって連絡は入れました。オレがそうしたいんです。…行きましょう」
「う、うん…わかった」
それからボクらは刑事がいた道を避けて無言のまま家に帰った。自分の部屋に戻りベッドに腰を降ろす。
ボクは大きく息を吸って吐き出した。疲労感が一気に身体にずしりと現れた。
ロスはロスで何か考え事をしているようで口を開かない。空気が重い。


ロスは絶対知り合いだ、あの刑事と。刑事の言葉が脳裏を過る。


ロスの、お父さん。
ルキメデス…
あの事件……

どこかで、聞いた事がある様な…。
視線を上に持ち上げて視界に入ったのはくまっちの、赤いスカーフ。お手製のネックレス。


「十年前、ルキメデス、シオンとクレア、───立病院」


ぽつりと口から零れた単語。
「あの事件─…あの事件ってなんだっけ…?」
ダメだ、頭が、痛い。なんだこれ、吐き気がする。気持ち悪い。
「ロス…?どう、したの?」
ロスが、すごく、驚いた顔をしている。その後に眉間皺が寄って、くしゃりと悔しそうな、悲しそうな、なんともいえない顔をして…
そんな顔をしないで。悲しまないで。ダメだ、声、出ない。
「…アルバさん」
「…ごめん、なんか…急に、気持ち悪い」
身体を起こしているのも辛くて、ボクは背中からベッドの中に沈んだ。このまま寝たい。
「…休みましょう、一度眠ればすっきりしますよ」
「…うん、ごめん、そうする…」
制服のままだが着替える余裕すらなかった。もぞもぞとゆっくりと身体を起こし、ベッドの中へと潜り込む。
枕に頭を沈めた途端強烈な疲労感と睡魔に襲われる。目を開けるのも辛い。それに気持ち悪い。
なんだ、これ。ボクはうっすらと目を開けて右手をゆるゆるとロスの方へ伸ばした。
「ロス……」
「ここにいます」
握ってくれた。温かい手。
ボクはロスの手の温もりに酷く安心して、瞳を閉じる。そしてそのまま眠りについた。

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