繋がり。***05



「聞いたわよ!アルバ!」
昼休み開始早々ロスがいないのを見計らってボクの机の周りは女子3人に囲まれてしまった。
「ロス君と一緒に住んでるって本当なの!?」
「え、ああ、うん…」
またその話か。今日で何回目だその事を聞かれるのは。主に女子中心に。
というか噂が広がるの早すぎる。さすがにげんなりしてきた。
「火事の事は本当に気の毒だよね、可哀相。でもよりによってなんであんたの家なの」
「なんだかんだ言って本当に二人って仲がいいよね」
「ねえ、いつになったら彼の電話番号とアドレス教えてくれるの?」
そんなのロス本人に直接聞いてほしい。
「言ったよ!ちゃんと伝えた!おかしいな、ちゃんとあいつ自分から言っとくって言ってたんだけどなー」
ボクはなんとか作り笑いをして誤魔化した。だって言えるわけないだろ。
本当は「嫌です。なんで教えたくもない相手に教えなくちゃいけないんですか」って言ってたのに!
「じゃあどうして教えてくれないの?」
「し、知らないよ」
「ねえ──」


「言いたい事があるならオレに直接言ってくれない?」


いつの間にか教室に戻ってきていたロスは冷やかに言った。女子達も互いに顔を見合わせて気まずい顔をしている。
「部長、昼まだですよね。ラウンジ行きましょ」
「え、これから?」
「いいから」
ロスは机の上に出しておいたボクの弁当袋を持つと、踵を返しすたすたと教室を出て行こうとした。
「あ、と、ちょっと待って!」
「あのね、ロス君!その…私達同じクラスだし仲良くしたいなーって。だから携帯の、番号とか…」
勇気を振り絞ったのだろう、クラスの女子の一人がもじもじしながら頬を赤らめながら言った。
「ごめん、今携帯持ってないんだ」
「え!でもそんな…」
「また今度」
ロスの奴笑顔で上手くかわしやがった。そのまま教室を出て行ったのでボクもロスに続いて教室を出ると
女子達のキャー!と言う声が聞こえてきてなんだかよくわからないが喜んでいる。
「た、助かった…」
「全くです。なんでオレが助け舟出さなくちゃいけないんですか」
ロスはボクの弁当を手渡してきた。
「全部お前絡みなんですけど!!」
「後貸した3万返して下さい」
「貸してないよね!?」
ボクは文句を言いつつロスと一緒に階段を下りていった。ラウンジは1階にあるのだ。ふと窓を見るとどんよりとした空模様。
今日はあいにくの雨だ。晴れていたら屋上に行けたのにな。
ラウンジに着くと生徒達が大勢いてほとんど席は埋まっていた。飛び交う笑い声はとても賑やかで昼時にはよく見る光景だ。
「こっちこっち〜!」
声がするほうへ振り向けばヒメちゃんが右手を伸ばしてボクらを呼んていた。
ヒメちゃんと向かい合うようにフォイフォイが座っている。二人の隣はちょうど空いていたので
ボクらも適当にヒメちゃんの隣にボク、フォイフォイの隣にはロスと座った。
てかよく二人きりで無傷だったなフォイフォイ。ああ、周りに他 の生徒がいたおかげで二人きりではないから大丈夫だったのかな。
「お、来たな」
「今日はここでお昼にしない?もう食べちゃった?」
「ううん、これから」
ボク達はよく一緒に行動を共にしたりするので必然的に昼食も一緒に取ることが多い。
普段は教室や屋上に集まって食べたりするのだが、今日はラウンジ。ここは食堂から近いのもあり
席もすぐに満席になるからあまり使わないんだけど、わざわざロスがボクを呼びに来てくれたんだろうか。
ボクは少し嬉しい気持ちになる。口には出さないがロスのそんな何気ない優しさが好きだ。
隣のヒメちゃんの弁当に視線を移すと小さな楕円形の二段の赤い弁当箱だ。女の子ってあんな少量でよく持つよな。
フォイフォイは購買で買ったと思われるパンを手に持っていて後一口で食べ終わってしまいそうだ。側にはペットボトルのお茶が置いてあった。
「珍しいね、ロスさんお弁当なんだ」
ヒメちゃんはロスがテーブルの上に置いたヒメちゃんの弁当箱より倍近くある正方形の弁当箱を見ながら言った。
「ええ、今日はちょっと」
ロスもいつもは購買で買ったパンや飲み物で済ましているが今日は別だ。なんたって母さんが2人分の弁当を作ってくれたんだから。
「母さんがお前の分も作ったんだからちゃんと食べろよ」
「なんでそんな当たり前な事部長に言われなくちゃいけないんですか」
「わ、 2人って本当に一緒に住んでるんだね。うちのクラスの女子達も噂してたよ」
ヒメちゃんは少し驚いたように言った。
「えーもうなんでこんなに広まるの早いんだよ…まだロスが家に来て二日くらいしか経ってないのに!」
「だって二人が朝一緒に歩いて登校してたって目撃されてたよ。ロス君いつも自転車なのに」
「えっ」
しっかり見られていたんだ。そりゃそうか、他の生徒もちらほら登校してたしボクの家学校から近いもんな…。
「しっかし、大変だったな」
フォイフォイは最後の一口サイズのパンを口に放り込み噛んで飲み込んだ後にロスに向かって言った。
フォイフォイは今日、遅刻して3時間目が終わった頃に来たため、今になって火事の話題を切り出してきたんだろう。
ボクはテーブルの上に置いた自分の弁当箱のフタを開けた。シンプルなのり弁に卵焼きにから揚げにシュウマイとポテトサラダなど入っていて
空腹を刺激する。美味しそうだ。もちろん、ロスの弁当の中身も同じである。
「ええ、まあ」
「なんだ、やけにあっさりしてんな」
「だろ?聞いてよもうこいつボクに対してもこんな態度なんだよ?」
「誰が、なんですって?」
ロスはにっこりと微笑んで拳を作って殴る態勢をしている。
「わー!!ごめんなさいなんでもないです!!」
「朝から同じ質問を何度も繰り返し説明するのも正直うんざりしましたけどね」
ロスは眉間に皺を寄せて小さく溜息を吐くとお茶の入った紙パックのストローを口につけた。
「皆ロスの事心配してるんだよ」
「どうせ興味本位か上辺だけで聞いてきただけですよ」
「そんなこと言うなよ!」
「おーいたいた」
賑やかな声に混じり女性の声が聞こえたと思ったらアレス先生だった。もう一人先生の横に居るのはトイフェルさんだ。
2人はこっちに向かって歩いてくる。トイフェルさんの執事服がまた目立って他の生徒達の目を惹きつけている。
アレス先生は元々ヒメちゃんの家で働いていたらしいんだけど今は学校の先生をしている。いつも白衣を着ていて一応科学の先生だ。
トイフェルさんはヒメちゃんの家の執事長だ。学校の送り迎えで彼が直々にヒメちゃんと一緒に学校に来ていたのを何度か見た事がある。
時折校内を歩いているのを見かけた事があるけどサボり癖があるとかなんとか結構手をやいているって話だ。
「あ、こんにちは!トイフェルさん。今日は学校に来ていたんですね」
「!??ア、ア、ルバ君!こここ、こんにちは!」
トイフェルさんはものすごくび っくりした顔をして挙動不審に挨拶を返してくれた。相変わらずだなこの人。
コミュニケーションが苦手らしく始めはまともに話すらしてもらえなかった頃を思えばこれでもだいぶましになった方なのだ。
「何の用?」
ヒメちゃんが二人に聞いた。
「旦那様がお呼びです」
「そうそう、私はついでにヒメを探しに来たんだ」
「え〜まだお昼食べてないよ。食べてからじゃ駄目なの?やだなあ…行きたくない」
「申し訳ありませんが、急いでいるので昼食は後でお願いします。でないと俺が面倒なんで」
トイフェルさんはそう言って本当に面倒臭そうな顔をした。
「なんですって?」
「ま、まあヒメちゃん、しょうがないよ。お父さん呼んでるんでしょ?」
「うーん、せっかくのお昼休みなのに…」
ヒメちゃんはがっかりした声でちらりとフォイフォイの方を見ると椅子を引く音に続き、立ち上がった。
「ごめんね、みんなまた今度」
ヒメちゃんは申し訳なさそうに謝って手早くお弁当を片付けるとラウンジを後にした。
トイフェルさんはぺこりと頭を下げて、アレス先生もヒメちゃんに続いた。
この場に男三人だけになるとフォイフォイがまず口を開いた。
「けどお前らだっていつまでも一緒に住んでるわけにはいかないだろ?」
「当たり前ですよ。冗談じゃないです。さっさと出て行ってもらいたいくらいです」
「ボクの家なんですけど!?」
「ああでも部長の秘密とか色々と知りましたけどね」
にやにやと笑うロス。心の中にざわりと焦りが生まれて嫌な予感がした。
「な、なんだよそれ!?」
まさかクマっちの事を言うつもりじゃ!?
「ベッドの下の例の物とか?」
にやりと笑ってフォイフォイが続く。
「ええ実は─」
「やめて!!そんなところに隠してないし!?」
「てことは持ってんの?エロ本。アルバも男だもんなあ。お前巨乳と美乳どっち派?それとも貧乳?」
「だ、だだから違うって!!持ってないよ!!本当だからね!?」
「なーに赤くなってるんですか。本当にお子様ですね」
ロスは何食わぬ顔でボクの弁当箱から卵焼きを箸でつまんで口の中に放り込んだ。
「あー!!ボクの卵焼き!!」
くっそ、一番の好物食べられた……さっさとボクもご飯食べてしまおう。
ボクは自分の弁当に箸を付けてから揚げを摘まみ口の中に入れた。







──夜、アルバ自宅──


雨の音が室内に居ても聞こえてくる。もうすぐ9時だ。今日はロスはバイトで今家には居ない。
お店は8時に閉まるけど片付けとか色々あるのできっと今日も10時前後に帰ってくるのかな。
金、日曜日が休みらしいので平日の夜はほとんどいない。夕飯もロスの分だけラップをしてあるままだ。
今日は先に食べちゃったけど明日はロスが帰ってくるまで夕飯を先に食べないで待ってみようかな。
1人でご飯食べるより2人で食べた方がいいよ。母さんもって言いだしたりして。

そういえば、ロスの奴家を出た時雨が丁度止んでいて、傘を持って行かなかった気がする。
「……………」
そうだ!ここから駅前の店まで歩いて10分前後だし大した距離じゃない。迎えに行こう。
とりあえずロスに「今から傘を持って行く」と短いメールを送る。返事は期待していないがボクは黒い傘を持って、
長靴を履き、透明のレインコートを着て家を出た。

大雨だが6月の気候ではそんなに寒くはない。寧ろ湿気のせいか蒸し暑い。てくてくと夜の街を歩く。
勢いで家を出てきてしまって、突然行ったら怒られるかもしれない。まあ「馬鹿ですか」と確実に言われるんだろうな。
「だいたい傘なんて貸してもらえますよ」っておまけつきで。いいんだ、ボクが勝手に迎えに行くんだから。
歩いている途中だんだんと雨の強さが弱まってきて小雨に変わっていく。風のせいで雨が頬に当たり濡れた。

本当の所、ロスは一緒に暮らす事をどう思っているんだろうか。
いつものひねくれた態度や発言は相変わらずだけど彼の本心を知りたいと思うのは我が侭かな。

ボクは、正直まだ実感がわかない。まだ2、3日家に泊っている感覚だ。
だけど嬉しさ半分驚き半分で複雑な気持ちだ。……本当に上手くやっていけるんだろうか。
好きな人と一つ屋根の下。ああ、何度も何度も考えるだけでドキドキする。

いつもロスの背中を見ていた。
いつもロスを想ってきた。

もっとたくさん笑って欲しい。
もっとたくさんボクを見て欲しい。
ロスだけの特別になりたい。

こんな胸の内を知られるのは怖い。告白する勇気もないくせに。
ボクはこんなにも、ロスが好きなんだ。





店の前まで来ると「close」の札が出ていたがボクは中に入った。カランカランとドアに掛けてある鈴の音が鳴る。
明るい店内の中に入るとホッとした。店内は木造家屋を改築しただけはあり和の雰囲気を残し4、5席程のカウンター席と木のテーブルはある。
相変わらず素敵な場所だ。レインコートを着てきたけれど風のせいで足元が濡れて髪も結構濡れてしまった。
カウンターにはルキのママさんがいる。濃い赤の作務衣を着ていた。
「あら、アルバ君」
「こんばんはー!あの、もうロス上がりですよね?」
店の時計に視線を移動させると時刻は9時半を過ぎた所だった。
「外酷い雨だったでしょう、ちょっと待ってて。はい、タオル」
「あ、すみません、ありがとうござ います」
ママさんはカウンターから出て来てくれて白いタオルを貸してくれた。ボクは乱暴に頭だけを拭いてタオルをママさんに返した。
ママさんは脱いだレインコートをわざわざ入口の前に出してあるハンガーラックに掛けてくれた。ぽたりぽたりと雨の滴が落ちている。
「あら、傘。ひょっとして迎えに来てくれたの?ロス君なら今二階にいるからすぐに戻ってくると思うわ」
ママさんはボクの右手の中のもう一つの傘を見てそう言った。
「はい」
店内を見回すと誰もいないかと思っていたが1人見知らぬ人がカウンター席に座っていた。気が付かなかった。
店は閉めている。ということは誰かの知り合いだろうか?その人はボクを見ていた。というか視線を感じて気がついたのが正しい表現なのだが
ボクはその人とばっちりと目が合って、にこりと微笑まれてしまった。優しそうな人だ。
年は、同じくらいだろうか?少し年上にも見える。その人は綺麗な空色の髪に黒のメッシュを入れていた。
その人は席を立つと一目散にこっちに向かって歩いてくる。そしてボクの両手をぎゅうっと握ってきたのだ!
「え!?」
ボクは驚きのあまり声を漏らしてしまう。しかしその人はそんなボクの態度なんてお構いなしに目をキラキラさせて見つめてくる。
「アルバ君だよね?」
突然名前を呼ばれて益々驚いて両目を見開いた。
「あ、はい。えっと、あの…?」
「やっぱり!!アルバ君の事はロスから色々聞いていたんだ。オレ、あいつの幼馴染みなの」
その人はボクの手を離すと、ふわりと柔らかく微笑んだ。
「…ああ!そうなんですか!」
幼馴染みなんていたんだ。ひょっとして、この前ロスが電話をしていた人だろうか。
「ああそうだ、ごめんね。自己紹介がまだだったね。オレはクレアっていうの。初めまして」
「クレ、ア…?」
まさか。いや、ありえない。だって、あの子は茶髪だったはず。彼の様に空色の髪ではなかった。
「どうしたの?」
「ああえっとすみません、何でもないです。初めまして、アルバです」
ボクは右手を頭の上に持っていき、小さくお辞儀をした。
「うん。宜しく!一度どんな人なのか会ってみたかったんだよね!」
「そ、そうだったんですか」
「あ、敬語とか使わなくていいよ。オレ君と同じ年。高二。名前も呼び捨てでクレアって呼んでくれると嬉しいな!」
「う、うん。わかった」
ボクは小さく頷いた。クレア……なんという、偶然なんだろうか。

「こんの馬鹿っ!!!」

次の瞬間ロスの拳が思いっきりクレアの腹に当たった。相当痛かったんだろう。
腹を両手で抱えている。うん、ボクも気持ちが痛いほどわかる。ロスはクレアに対しても容赦ないんだ。暴力的な所は同じだ。
「痛いよ!いきなり殴らないでよ!!」
「大丈夫!?」
「だ、大丈夫。慣れてるから…」
なんて頼もしい。流石ロスの幼馴染みだけはある。打たれ強い。
「なんであんたがここにいるんですか」
眉間にはこれでもかと皺が寄り、吐き捨てるように心底迷惑そうな声。
うわあ、ロスの奴機嫌悪い。怖い。ロスはまだ制服姿のままだった。紺の作務衣を着ていた。
「まあまあ、そんな怖い顔するなよ。せっかく迎えに来てくれたんだからさ」
クレアはにやにやと笑っている。ママさんとの会話聞かれてたんだ。
「は?」
「えっと、傘持ってきたんだ。ロスに。家出た時、持って行かなかったから…」
ボクはなんだか急に恥かしくなって、つい、ロスから視線を外してしまった。
やっぱりメールまだ見てないよね。
「心配してお迎えにきてあげたんだよね?」
「え、あの、はい。酷い雨だったから、その…」
今は、だいぶ小雨になっちゃったけど…
「可愛い!!」
「わ!」
突然クレアにぎゅ、っと抱き締められてしまった。男に可愛いは聞き捨てならないが、スキンシップの激しい人なのかな。
「うんうん、そうだよね、心配だよね。アルバ君は優しい子だね、よかったね〜シ、」
クレアは何か言いかけたがロスに睨まれて口を閉じてしまった。
「シ?」
ボクは問いかける。
「心配のし!」
「馬鹿ですか。ああ馬鹿なんですね。知ってました。そんな事に頭使うならもっと他の事に使えばいいのにこれだから脳みそ入ってない人は」
「ちゃんと入ってるよ!!」
「クレア、ちょっと来い」
「え〜〜〜」
クレアはロスに首根っこを掴まれてボクから強引にひっぺがされた。
「オレはこいつと話があるので下で待っていて下さい。ついでに着替えてきます」
「うん、わかった」
ロスはクレアさんを連れて店の奥にある二階へと続く階段へ行ってしまった。
二階は休憩室件更衣室になっていて、テレビもある。実はボクも1、2度行った事がある。
前に店内が混んでいてルキと少しの間上で待っていた時があったのだ。とりあえず2人を待とうとカウンター席に腰を掛けた。
「はい、どうぞ」
ママさんはホットココアを淹れてくれた。甘いココアの香りがいい匂いだ。
「あ、ありがとうございます」
「やあいらっしゃい」
奥のドアからルキのパパさんが現れた。皆と同じく紺の作務衣を着ている。
「あ、こんばんは。すみません、お店もうお終いなの に」
「いいんだよ。気にしないでくれ。アルバ君はうちのルキといつも遊んでもらっているからね」
「いやあ、ボクの方が遊んでもらっていますよ」
ボクはココアに口を付けた。温かい。美味しい。しばらくパパさんとママさんと学校での話や世間話をしていたのだが
なかなか2人が戻ってこない。ココアの入ったカップは空になっていた。様子を見に行ってもいいだろうか。
「あの、すみません、ボクちょっと二人の様子見てきます」
「そうかい?時期に降りてくるよ」
「でも、あの、すみません!すぐに戻りますから」
ボクはパパさんの言葉を遮り店の奥にある階段へと向かった。
たくさんの小さな段ボールが階段の端と端に置いてある。階段を上がりきった所で二人の話し声が聞こえてきた。
「………つも……だ?」
「……が、……来ちゃっ……だよ?」
部屋のドアの前まで来るとはっきりと2人の声が聞こえた。ボクはドアノブに手を伸ばしたがロスの声でピクリと止めた。
「お前まであいつに会って万が一の事があったらどうするつもりなんだ!」
ロスが苛立っているのはすぐにわかった。あいつ…?あいつって誰の事だろう。どちらかの、溜息が聞こえた。
「その時は、その時でしょ。いい加減覚悟決めなよ」
「自分が何言ってんのかわかってるんだよな?クレア」
「…オレは納得してないって言ったよね?」
な、なんか揉めてる…?どうしよう、盗み聞きは良くないことだってわかってる、だけど…中に入るに入れない雰囲気だ。
「オレが決めた事に口出ししないんじゃなかったのか?」
「でもそれはただの自己満足だよ」
「そんな事はわかってるっ!!」
ロスの怒鳴り声に驚いてビクリと肩が震えた。こんなに怒っているロスは初めてだ。ボクはとても不安な気持ちになった。一体どうしたんだろう?何があったんだ?
それきり無言になってしまった二人。もう会話は聞こえてこないが険悪な雰囲気はドア越しでも伝わってくる。
どうして?二人ともついさっきまで普通に話していたと思ったのに。いや、ロスの場合あれが普通って捕えるのはちょっとおかしいけど。
部屋の中に入るのを躊躇していた次の瞬間ぽん、と肩を叩かれた。
「!!」
驚いて振り向くとそこにいたのはし、と人差し指を口元にあてたルキのパパさんだった。
「下に戻っていなさい」
小声で囁かれた。
「で、でも」
「大丈夫」
ボクは下にいくように促されてしまい、その部屋にルキのパパさんが入っていった。
一歩、二歩と下りては一度立ち止まり、振り返る。パパさんと2人の声が聞こえてきたが何を話しているのかは聞きとれない。
2人の事はとても気にはなったけれど、不安な気持ちを抱えたままボクは下へ降りていった。ここはパパさんに任せよう。

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