ボクと弟***02




── アルバ自室 ──

その夜は興奮しているせいか、なかなか寝付けなかった。身体は疲れている筈なのに。ベッドの中で身体をもぞもぞと動かす。暗がりの中ちらりと左手首にしている腕輪が目に入った。
「…………」
物心ついた頃からずっと身に着けていた腕輪。寝る時も、お風呂に入る時も肌身離さず、ずっとだ。フォイフォイの言った通りボクは生まれつき魔力が高い。オッドアイなのも魔力の影響だ。だけど自分で自分の魔力を上手くコントロールできずに今は魔力を抑える腕輪をしている。シンプルで何の変哲もないただのシルバーの腕輪で真ん中の所に淡い青い宝石が一つ、あるだけだ。この腕輪は幼い頃、父さんからもらったものだ。

『いいか、アルバ。大きな力は時として脅威になりうる 。でもな、お前が本当にその力を必要とした時は、迷わずに使いなさい。お前自身の力だ。きっと応えてくれる』

父さんはそう言ってくれたけど、でも…ボクには無理だ。それに今は魔法に頼らず、強くなりたい。いつかロスのように、あいつの隣を一緒に歩いていけるように。今は弱くてもまだスタートラインに立ったばっかりじゃないか。頑張れる。ああいけない、全然駄目だ。考え事をしていたせいで返って目が覚めてしまった。再び寝がえりをうち瞼を閉じてしばらくじっとしていたがやっぱり寝付けずにボクはがばりと上半身を起こし、溜息を一つ零した。ロス、もう寝ちゃったかな。ロスの部屋はボクの隣だ。ボクはこっそりと部屋を抜け出しロスの部屋へと向かった。軽く数回ノックをしても返事はなかった。 ゆっくりとドアノブを回しドアを開けるときい、と音がして。部屋の中を覗いてみると窓が開いていて、月明かりが差していた。ロスの部屋から月明かりが差していると、部屋の中は結構明るい。ランプの明かりなどいらないほどに。だから寝る時はいつもカーテンを閉めているって前に言ってた。ロスは窓の側に立っていた。黒のTシャツに黒のズボンと相変わらず黒づくめだ。なんだ、起きてたんじゃないか。でもロスはこちらに背を向けたままだ。外を見ているようだった。さらさらと窓から吹き込む風が頬を撫でた。
「眠れないんですか?」
ロスはこちらにちらりと横顔を向けると、そう言った。
「うん…」
ボクは部屋の中に入った。ドアを静かに閉める。ロスの部屋はシンプルなものだ。生活に必要最低限のものしかない。まるで、今すぐにでも出ていけると部屋が言っているようであまり好きではない。でも本が好きなのか難しい本がたくさん本棚の中にある。魔導書とか武術とかこの国の歴史の事とか後は最近流行っている冒険ファンタジー小説とかとにかく色々ある。「どうせアルバさんには理解できない本がたくさんありますよ」って馬鹿にされたけど。
「ごめん、もう寝るよね?」
「いいですよ、少しくらいなら話し相手になってあげても」
「あ、ありがとう…!」
普段はすぐに殴るし口も悪いけど、ロスのこういうちょっとした優しさがボクは好きだ。ボクはロスのベッドに腰掛けた。ぎしりとスプリングの音がした。
「…今日、月明るいね」
「ええ」
なんとなく、他愛もない会話を振る。ロスが開けていた窓を閉めると、気持ち部屋が少し暗くなった気がした。
「まだ気にしているんですか」
ロスの 言葉にボクは苦笑いを零した。


「…昔、暴走した事」


ボクは俯いて、自分の膝の上に両手を置いたまま見つめていた。
「うん…」

『化け物!近寄るな!』
『出ていけ!この町から出ていけ!!』

過去に投げつけられた言葉が脳裏をかすめ胸がずきりと痛んだ。
小さい頃、ボクはこの魔力のせいで、人を傷つけた。
昔は家族三人である町に住んでいた。その町で、ボクはいつも仲良しで遊んでいた三人の男の子達がいた。でも、そのうちの一人の子がある日、公園で遊んでいた時に言ったんだ。

『アルバ、お前いつもその腕輪してるよな、ちょっと貸せよ』
『だ、ダメだよ!これはボクの魔力を…』
『平気だって!ほら!』
『ダメだよ、本当に、お願いやめて!』
『取っちゃえ取っちゃえ!』
三人の男の子達は嫌がるボクを無視した。一人は後ろから腕を回してきて、もう一人に左腕を捕まれて、身動きが取れなくなった所を強引に腕輪を外されてしまった。あの子達に悪気はなかったんだろう。ただの子供の遊びの延長だ。子供のくせに腕輪なんてしているボクが面白くなかったのかもしれない。

結果、魔力は暴走した。

気が付いた時には、ボクは一人、その場に立っていた。辺りには煙が立ち込めて、周囲の木は薙ぎ倒されて、ベンチも原型を留めておらず、ねじ曲がっていた。ついさっきまで一緒にいた友達は、数メートル先で倒れていた。唯一ボクの近くに立っていた一人の友達の男の子が、恐怖に震えボクを見つめていたあの顔は今でも忘れられない。

一人は、軽症で済んだ。
一人は、両腕、両足骨折をして、重傷だった。
一人は、右足を失った。
ボクは、人を傷つけた。

その事件がきっかけで町の人達からは気味悪がれ、酷い中傷も受けた。結局その町にはいられなくなってしまい、今の港町より奥まったこの山奥に住んでいる。父さんと母さんは山の暮らしはいいぞとボクに言ったけれど、全部ボクのせいで引っ越しをしなくちゃいけなかったんだっていうのは、子供心にわかっていた。極力ボクは僅かな魔法なら使える、という風に嘘を吐いて暮らしてきた。なるべく目立たないように、普通に。フォイフォイとはこの地方に来てからの顔見知りともあって、仲良くなりボクの事情は知っている。ロスにはボクから話す前に看破られてしまった。まだ一緒に暮らし始めて間もない頃「それ、魔封具ですよね」と 、言われた時は本当に驚いた。ただの腕輪なのに。それからボクは自分からロスに話した。魔力を抑えている事情を。ロスは家族になるんだ。一緒に暮らすんだ、だからいつかは話さなくちゃいけないと思っていたので良い機会だと思った。ロスは、黙って聞いてくれていた。泣きながら、愚図りながら、自分のことばかりべらべらと話したボクをロスは、

『頑張りましたね』

そう言って、優しく頭を撫でてくれのだ。
あの一言は、今でも忘れられずに大切に胸の奥にしまってある。


「…ボクのせいで三人の人生を狂わせてしまった。足を失った子も、骨折をした子は後遺症が残って、軽症で済んだ子だって心に傷を負わせた」
「でもそれは」
「事故だって?でもボクの魔力が原因なのは違いないんだ。だから、駄目なんだ。魔力を開放する選択は絶対に駄目だ」
この魔力のせいで父さんや母さん、ロスだっていつか傷つけてしまうかもしれない。そんなのは嫌だ。怖い。ロスは面白くない顔をしていたが、やはりそれ以上は何も言わなかった。 いつもそうだ。この会話は今までにも何度かしてきたものだが、なんだかんだでボクの意志を理解して尊重してくれているのはロスだ。
「貴方がそう決めたのなら別にオレは口出ししませんよ、貴方自身の問題ですから」
「うん、ありがとう」
「─…母さん、喜んでましたよ、今日の事」
「うん、喜んでくれたね」
家に帰ると母さんは玄関の入り口の前でそわそわしながら待っていてくれて、ボク達を見つけると「どうだった!?」と聞いてきて、報告するとすごく喜んでくれて、食べきれないほどの美味しい料理をたくさん作ってお祝いしてくれた。
「だからボクは今できる事を頑張りたいんだ。明日からまた一つ一つ。そのうちこの魔力の扱い方もうまくなったりしてくれたらありがたいんだいんだけどな」
えへへ、と笑ってみたらロスには呆れた顔をされた。そして、
「……聞かないんですね、貴方はいつも」
ロスはぽつりと呟いた。
「え?」
「オレは、まだ何も話していないのに。もう三年も経ったんだ。オレがこの家に来て、三年。それなのに怪我をした事情すらも聞かない」
「約束、しただろ?お前がいつか話してくれるまでボクは待つって決めたって」
「…………」
ロスは黙ってボクを見つめていた。
「誰にだって話したくない過去の一つや二つ抱えてる。ロスがそれをボクに話したいって思ってくれたらその時でいい。ボクは、お前の意志を一番大切にしたいんだ」
ロスがボクに近寄って来て目の前に立つと、
「生意気です」
「あいた!」
軽くデコピンされた。
「でも、そこが貴方の良い所です」
思わずドキリと心臓が飛び跳ねた。ロスが、笑ってくれたのだ。普段が普段なだけに不意打ちな優しい言葉と笑顔には弱い。
ボクの方が年上なのに、時々ロスの方が年上のように感じる 。
「どうしたの、今日はえらく素直だね。それになんか、悔しんだけどお前って時々年上に感じる時がある」
「オレ本当は今二十二歳ですから」
「またそうやって嘘を吐いてボクをからかおうったってそうはいかないんだからな!」
「チッばれましたか」
「まったく…」
すぐにそうやってボクを馬鹿にしてからかおうとするんだから。でも、おかげで少し気持ちが楽になったかも。
「ねえロス」
「なんですか」
「今日は一緒に寝たら駄目かな?へぶしっ!」
次の瞬間もろに右からビンタを食らった。バチンとかなり良い音がして結構痛い!
「あんた今いくつなんですか、気持ち悪いです。超気持ち悪いです」
「うっ…に、二回も言わなくてもいいだろ!叩かなくてもいいじゃないか!」
わかっていた反応とはいえ、さすがに傷つく。ボクはひりひりとした右頬を撫でた。
「そうですよねえ、去年までぬいぐるみ抱いて寝るほどですもんね。男のくせに」
ロスはプークスクスと笑ってくる。
「もう卒業したよ!」
「どうだか。でも駄目です。明日も早いんですからさっさと部屋に戻って下さい」
「ど、どうしても?昔は一緒に寝てくれたじゃん」
「部屋に戻れつってんだろうが!ぶん殴るぞ」
「痛い!痛いってば!!もう殴ってる!殴ってるってば!」
かなり本気で叩いてくるのでボクはベッドから立ち上がると部屋のドアまで逃げるように小走りにロスと距離を取った。
「もう、子供じゃないんですよ。あの頃とは違います」
じ、と睨まれた。なんで睨んでくるんだよ。
「わ、わかってるよ!」
「本当にわかってるんですか」
あ、やばい。眉間に益々皺が寄った。これ以上お願いすれば本気で怒られそうだ。いや、今だって結構怒ってるように見えるけど。でもまだマジギレサインのにっこり笑顔になっていないだけ大丈夫だ。ちぇ、ちょっと優しくしてくれたと思ったらすぐにこれだ。
「お、おやすみ!」
ボクはロスの返答も聞くまでもなく、自分の部屋へと戻った。

[newpage]


─港町 ギルド支部─



「おはよう、フォイフォイ」
「ああ、二人とも来たか」
翌日、ロスと共にギルド支部を訪れるとフォイフォイは支部の奥まった場所にボク達を案内した。そこには座れるスペースがあり、木製のローテーブルが二つ、三つほど設置されてある。他の人達もそこに何人か腰かけている。ボク等も空いているテーブル席に腰掛けた。
「仕事を受ける前に渡しておきたいものがあってな」
そう言いながらフォイフォイは小さな黒い小箱を取り出した。そして、それをボクの前に置いたのだ。ボクは小箱とフォイフォイの顔を交互に見た。
「開けてみな」
小箱を手に取り開けてみると中には、ネックレス?のようなものが入っていた。真ん中に赤い宝石があって、このネックレスのマークはこの国の王家の紋章を象っている。ちゃり、とネックレスの黒い紐と繋がれている場所、シルバーの輪っかの場所には小さくNO45と掘られていた。
「それは勇者証だ」
「勇者証…!これが!」
「ああ、一応見習いとはいえ勇者の試験に合格したからな。ちなみにお前はこの町で今年勇者になったのが45番目だから45のマークが刻まれている」
「へえ、そうなんだ、それで…」
自然と顔が綻ぶ。嬉しい、勇者の証。見習いでもボクが勇者である証だ。
「ま、見習いですけどね」
ロスは小馬鹿にした笑い方をした。
「見習い見習い強調するなよ!」
「超弱い見習い勇者さんですけどね」
「う、嬉しそうに何度も連呼するな!」
ったくロスはいつもこの調子なんだから。
「お前らじゃれ合ってねーでさっさと話進めるぞ」
「「じゃれ合ってないよ(ません)!」」
見事に声が重なってしまった。瞬間ドスッと左脇腹にロスの拳が決まった。う、うおおおお、チクショウ、ロスの隣に座るんじゃなかった…!なんでいつもいつもこう、すぐに手が出るんだこいつは!睨んでやってもこっちを見ようともせずに涼しい顔をしている。
「…そ、それで、フォイフォイ。ボク達はまずどうすればいいのかな」
ボクは痛む脇腹を撫でながら問いかけた。
「ああ、まずはここで仕事を受けるシステムを簡単に説明するぞ。まず掲示板で自分のランクに合わせて受けられそうな仕事を見つける。ま、今日はまだ新人のお前に見合った仕事をいくつかオレの方で用意しておいた。カウンターにいる受付に受けたい仕事の内容を申告して依頼人の元へ話を聞き、仕事をこなすって手はずだ。仕事を終え依頼人に報告、この書類に依頼人からの評価とサインを受け取る。仕事を終えたらギルドの受付で報告しろ。そこで報酬を貰える」
説明をしながらフォイフォイがいくつかの書類をボクに手渡してくれた。恐らく仕事内容だろう。書類をロスと二人で見れる様に持ち直した。ドキドキしながら書類に目を通していく。えーと、ボクが受けられる仕事の内容は… …まずは猫探し、猫探し?それから隣町へ薬草を買いに行くお使いに指輪紛失の捜索…
「これって…」
「なんでも屋のオンパレードですね」
「何か、想像していたのと違う…」
勇者の仕事ってもっとこう、人助けとかモンスター討伐とかじゃないのかと…
「贅沢言うな。今のお前が受けられる仕事はせいぜいこの程度だ。ロス一人ならもっと高いランクの仕事を受けさせられるがお前がいるとなると話は別だ」
「うう…」
それってつまりボクが足手纏いって事だよね。
「お荷物ですね、完全に」
「はっきり言われると傷つくう!」
「まあでもいいですよ、オレは貴方以外パーティ組む気はありませんから」
「ロ、ロス…!」
「その糞うっとおしい泣き顔をさっさとなんとかしろ」
問答無用で椅子の下の足を蹴られて踏まれた。
「いったい!!」
「ほら、さっさと行きますよ」
ロスはギイと椅子を引いて立ち上がった。仕方なくボクもそれに続いた。
「忘れずに報告に来いよ」
「う、うん、わかった」
「了解です」



***



初日ということもあって、散々な一日でギルドに戻る頃には日が暮れて疲れ果てていた。今日受け持った仕事は全部で三件。依頼人にも満足してもらえてなんとか好評価は貰えた。
「うう…痛い…」
猫捜索の時に腕を引っかかれて地味に痛い。魔法を使うまでもないし、塗り薬を塗ってはあるけど。
「猫一匹捕まえるのに町中探し回り苦労しまくっていて逆に驚きました!しかも猫は自分で家に戻っていたというなんともまぬけな結果で!」
「すっごくいい笑顔ですね!もう本当に!てかお前手伝えよ!全然猫探しも買い物もしないでボクばっかり一人で仕事こなして!!」
「少しでも実力をつけた方がいいでしょう、貴方自身のためにも。貴方が受けた仕事なんですから」
「え…あ、そ、そっか。ロスお前ボクのために…」
ボクが早く一人前になれるように厳しく…
「一人で必死になって泣きべそかく一歩手前の顔とか最高に面白くて手出しなんてできませんよね!」
「だと思ったチクショウ!」
もういい、期待したボクが馬鹿だった。さっさと報告を済ませてしまおう。ボクは受付で今日の仕事の報告をした。さすが窓口ともあって、綺麗なお姉さんが受付嬢をしていた。長い黒髪に真っ白な肌。ドキドキしながら報酬を受け取った。昨日はフォイフォイ経由で報酬を貰ったから自分の手でこうして報酬を受け取る行為に別の意味で胸が高鳴りドキドキした。小袋と千のお札が四枚。今日の仕事で四千ちょいは稼げたかな。うん。辺りをきょろきょろしてロスを探すといつの間にか今朝フォイフォイと話をしたテーブルの方に座っていた。その向かいにはフォイフォイもいる。ボクは大事に報酬を内ポケットにしまい二人の元へと足を進めた。
「よーお疲れさん」
「ほ、ほんとに疲れたよ」
今すぐにでもこの机に突っ伏して寝てしまいたい。でも隣のロスはちっとも疲れた様子もなく涼しい顔をしている。ボクだけへばってたらまた文句を言われる。しっかりしろ。ボクは自分で自分の心に活を入れた。
「まあ、今日から仕事始め、初日だからな」
「う、うん。あ、ロス、後でお金の計算しよう。一応お前とボクで受けた仕事なんだからさ」
殆どボク一人で片付けたようなものだけど、ロスも付き合ってくれたわけだし。
「当り前じゃないですかそんなの!オレの貴重な時間をわざわざ見習い勇者さんに使ってあげたというのに」
「お前今朝と言ってることと矛盾してない!?ボク以外パーティー組む気はないって言ってたじゃん!」
「そうでしたっけ」
「そうだよ!」
あーもう、疲れる。疲れがたまっているせいで余計に。それにすっごく喉が渇いた。早く家に帰りたい気分だ。
「それに貸した三万さっさと返して下さい」
「貸してもらってませんけど!?」
「疲れ切った顔してるな」
フォイフォイはクククと笑いながら言った。そりゃ疲れるよ、もう本当に!
「お前らこの後の予定は?飯ぐらいなら祝いもかねて奢ってやるぞ?」
「ほんと!でもありがとう。今日は母さんご飯作って待ってくれてると思うからそれはまた次の機会で」
ちらりとロスの方を見た。
「ええ、そうですね」
「そうか、わかった。ああそうだ。話し変わるが、そういやお前クレアシオン好きだったよな?」
フォイフォイはボクに尋ねてきた。
「うん!大好きだよ!」
「そいつの、クレアシオンの顔って見たことあるのか?」
「ううん、そういうの嫌いな人だったらしくて雑誌や新聞のインタビューとかまず受けなかったらしいし、写真とか隠し撮りしたのがいくつか残っているらしいんだけど色々な情報が混ざってどの写真が本物なのか正直…って感じなんだよね」
「写真なんてあるんですか?」
お、珍しいな。ロスがクレアシオンの話題に食いつくなんて。
「なんです、そのブサイクな顔でオレを見ないで下さいよ」
「ブサイク言うな!そ、そりゃ美形ってわけじゃないけど、ってそうじゃなくて!ただ珍しいなと思って、いつも興味ない顔してるくせに」
「どんな面してるのか気になっただけですよ」
「でも今言ったように隠し撮りのピンボケや偽者の写真が殆どだから酷いよ。それでも雑誌には掲載されるんだから、当時のクレアシオンの人気が伺えるよね 」
「本人の意思無視して雑誌に掲載とか舐めた真似したなその出版社」
「そう言うなよ、みんなクレアシオンには興味深々だったんだからさ」
「撮られる側にしたらいい迷惑だと思いますけど」
ロスの物言いはまるでクレアシオン本人の立場になったような口ぶりだった。まあ、それはそうだけど。
「でも雑誌にちらっとだけだよ、後姿とか。でもどうして?」
「ああ、実は知り合いから写真を一枚入手したんだ。お前好きだって言っていたのを思い出してな」
フォイフォイは懐から写真を一枚取り出した。
「嘘!それ本当に?」
「どうせ偽者でしょうよ」
ロスは呆れた声だ。
「どうだ、買うか?千でどうだ」
「え!本当に!欲しい!買う!」
「うわあ…隠し撮り写真を取引するなんて犯罪ですよ最低ですね」
「いいだろ好きなんだから!でも千か…一枚で高すぎるな、それだけの価値あるの?」
「ああ、まあ見てみろよ。ほら」
さっと、テーブルの上に出された写真。夜に撮影されたもので、ピンボケではないが遠くから撮影されていて横顔なのは分かる。黒髪でベージュっぽいマントを羽織り、彼特有の魔力の源である青い炎が頭の辺りで揺らめいていて、
「あ、これ、も、もしかしたら本物かも…」
ボクは思わず写真を両手で手に取ってまじまじと見つめた。ボクの見聞きして知っているクレアシオンの容姿に酷似している。
「だろ?撮ったやつも苦労したって話しだぜ。シャッター回してたのが本人に見つかってその場でカメラをボン!と粉々にされちまったって。幸いにもフィルムは焦げてたが形は残ってたらしく、駄目元で現像したらその一枚だけが無事だったんだと」
「へえ…でも、顔…は、やっぱりわかんないや…もうちょっと近かったらなあ。これで千は高い。五百」
「そこは譲れねえな」
「うー…」
唸っているボクを余所にロスが さ、っと写真をボクの手から抜き取ると、フォイフォイに突き返した。
「くだらない。どうせ偽者ですよ。稼いだ金を無駄遣いしたって母さんに言いつけますよ」
「そ、それは、困る」
「誰でしたっけ、報酬で母さんにプレゼントを買ってあげるって言っていたのは。自分の私利私欲のために使おうとしている兄がここにいるなんてああなんて酷いやつなんでしょうか!最低ですね外道です、あんな優しい母さんを騙すなんて…!!」
わざと大きな声でロスが言ったせいで周囲にちらちらと見られ、近くにいた女性二人組の魔法使いにひそひそと耳打ちをされてしまい、もの凄くいたたまれなくなった。
「お、お前こんな時ばっかりそういう言い方して!」
「ふん、貴方が悪いんですよ。そんな事より、持ってるんですか?先程話していた写真が掲載されているという雑誌」
「ああ、うん。毎月買ってたから。新聞の記事もスクラップしてるよ」
「見せてください」
「あ!なんだやっとロスもクレアシオンの─」
「語り出したら今すぐにぶっとばします」
ぐ、とボクは口を閉じた。それだけは流石に勘弁してもらいたい。



***



ロスは家に戻ると速攻で二階へ行ってしまった。ボクの部屋に直行したのだろう。なんだろう、そんなに雑誌を早く見たかったのかな。ボクは疲れた身体を休めたかったので風呂場に向かった。ちゃんとすぐに入れるように母さんが沸かしてくれていたのだ。ありがたい。ボクは風呂で汗を洗い流し出ると自分の二階の部屋へと向かった。はー気持ちよかった。
「くそが、何だこの内容、でたらめな事ばかり勝手に書きやがって」
部屋のすぐ近く、暴言を吐くロスの声が聞こえてきた。ドアが開けっぱなしになっていたので部屋の中を覗くと床にあぐらをかいて座っているロスの姿があった。ロスの隣には乱雑に何冊かの雑誌が積まれていた。今までずっと見ていたのだろうか。
「…幸いどれも偽者か」
「何が?」
「…!何でもありません」
ロスはボクの姿を見るなり少し驚いたようだがパタンと雑誌を閉じた。ボクが毎月買っていたクレアシオンの事が書かれた雑誌の一つだ。彼が行方不明になってしまってから自然と出版される事はなくなってしまったけれど。
「?」
写真の話題から少しロスの様子がおかしい気はしていた。家に帰る途中もいつものの罵りはあったにはあったけど、口数は少なかったし。もしかして。
「あ!わかった!お前本当はクレアシオンの隠れファンなんだろ!本当は気になってしょうがないけど恥ずかしくて言えなかっただけで!」
「…どこをどうしたらそういう発想になるのか本当におめでたい頭をしているんですねアルバさんって」
びし!と宣言すれば何故かはあ、と溜め息を吐かれた。可哀相なものを見る様な哀れんだ目を向けてくる。
「な、なんだよ!」
結構本気だったのに。
「別に、本当にただの興味本位ですよ、風呂入ってきます」
ロスは立ちあがるとすたすたと部屋を出て行ってしまった。なんだよ、あいつ。
でも珍しいな。本当に。いつもは嫌がるくせに。やっぱり気になっていたのかな、クレアシオンがどういう人物なのか。そりゃそうだよな、なんたってこの国の勇者だし。
「クレアシオン、か…」
ボクはロスが先程まで見ていた雑誌を手に取った。パラパラとページをめくる。そういえば、なんでロスはボクが彼の話をすると嫌な顔をするんだろう。あまり深く考えた事なかったな、ただ単に興味のない話題をされてうっとおしい程度にしか考えていなかったから。

─…本当に、クレアシオンは今頃どうしているんだろう。
会えるものなら会ってみたい。話しなんてできはしないけど、遠くからその姿を見て見たい。目が合って、名前とか呼ばれたらきっと嬉しくなって舞い上がっちゃうんだろうなあ。それだけボクはまだ、彼に憧れている。

ふと頭を上げて壁に掛けてあるカレンダーに目がいった。あ、そうだ。明日で丁度一カ月だ。ボクは自然と顔が緩んだ。赤ペンで丸くかこってあるその日。明日は特別な日だ。この日が来るのを今か今かと待っていたんだ、だって、

明日は、シオンに会える日だ。



[newpage]



─港町 堤防─


「シオン」
彼は、ゆっくりとボクを見た。
「隣、いいかな」
返事はない。ボクは黙って彼の隣に座った。空は快晴。海鳥たちが鳴いている。垂らしている釣り糸はピクリとも動かない。バケツの中も魚は一匹もいなかった。
「あはは、今日も坊主だね」
ボクが笑うとシオンはぴくりとその眉を動かして悔しそうな顔をした。
「この前釣りのコツ、教えたのに。後でまた教えてあげるよ。ってそうじゃなかった。あのね、今日はまず報告があるんだ!ボクね、なれたんだよ!憧れの勇者の試験に合格したんだ!」
「…………」
「苦手だった筆記試験も合格して実技試験にも合格できて、昨日は仕事もこなして、でも弟にはすごく助けてもらって相変わらず、すぐに殴ってくる暴力的な奴だけど、これがまた結構痛くて─」
シオンは黙ったままボクの話しを聞いていた。
シオンが話しを聞いて、ボクが話しを一人でする。いつものスタイルだ。
シオンは旅人だ。月に一度この町に訪れてはまた旅立っていく。黒い帽子を深くかぶり、くたびれたベージュのマント。中に着ている服は全身黒ずくめだ。黒が好きな点までどこかの誰かと同じ。
『おめでとう』
シオンは使い古された茶色い手帳とペンを懐から取り出すと、文字を紙に書いてボクに見せた。おめでとう。たった五文字のその一言が嬉しくて胸がきゅ、っとなる。やった、シオンが褒めてくれた。
『今日は休みなのか?』
「うん!そうだよ!だって今日はシオンが町に来る日だって前もって知っていたからね。会いに来るよ。ボクは、ずっと会いたかった」
ボクは笑顔で答えた。でもシオンにはふい、と顔を逸らされてしまった。ほんのりと耳が赤い。あ、もしかして照れたのかな。
「本当だよ?」
もう一度気持ちを込めて伝える。でもシオンは何も言ってはくれなかった。シオンとボクの出会いは実に単純。ボクがシオンをロスと勘違いした所から始まる。

そう、シオンはロスに、そっくりだった。
その見た目も容姿も瞳の色さえも、何もかも。瓜二つ。

初めて会った時は本当に驚いたものだ。ある日町で見かけて「ロス」、と声を掛けた相手はロスじゃなかった。彼は、ロスに瓜二つの旅人だった。シオンはロスよりも大人で、物静か。何より言葉を話さない。正確には、話せないのだ。昔、戦闘で声帯を傷つけてしまいそれ以来話せなくなってしまったと彼は紙に書いて教えてくれた。単純にロスにそっくりなシオンに興味が沸いた。何よりボクがもっとシオンを知りたかった。シオンが港町に訪れるのは月に一度。その度にボクは彼に会いに行った。町の宿屋は一件しかないからすぐに会えた。そして天気の良い日は必ず港の堤防に釣り糸を垂らしてボーっとしている事が多々あって。その時間を見計らってボクはいつもシオンに会いに行った。それが数カ月続いて今に至る。少しは仲良くなった、って思いたい。

待ち合わせはいつもこの港の堤防。
ボクが一人で話しをして、隣でシオンが聞いてくれているだけ。

ただそれだけなのに、シオンと一緒にいられるこの時間が楽しくて、好きで、時間はあっという間に過ぎていった。時折シオンが手帳に文字を書いてくれて、気のせいかその筆記もロスのそれに似ていて、なんだかシオンとロスは他人とは思えなかった。何度かロスにシオンと会ってよとお願いした事があったけれど、「興味ありませんね」と相手にもされなかった。強引にシオンを家に連れて行った事もあったけれど、どういうわけかタイミングが上手く合わず、結局ロスとは今だ会えないままだった。母さんは母さんで「ロスたんによく似ているわねえ」と言って済んでしまったし。
『弟はいいのか?』
「いいのいいの、ロスの奴今日は朝からどっか出かけていないから。いつもそうなんだよね、自分の興味のない事は無関心!って感じで。でも本当にシオンとロスってそっくりなんだよね、何回も言っちゃうけど。本当の兄弟みたい。本当の…」
他人の空似で片付けてしまって良いレベルじゃない。始めはシオンとロスに何か繋がりがあるんじゃないかと思ったけれど、最近では本当にただのそっくりさんなんじゃないかと思うようにしている。世の中には自分に似た人間が三人はいるっていうし。でもきっとロスが成長したらシオンみたいな大人な容姿にはなる気がする。
『オレは一人だ』
「うん、そうだったよね」
一人でずっと、旅をしている。
「─…あのさ、シオンはこの町に住むつもりはないの?」
「……………」
「わかってるよ、シオンは旅人だし。でも、その、帰る場所はあったほうがいいっていうか、ボクがシオンともっと一緒にいたいていうか、あははは!何言っちゃってるんだろボク!」
シオンはちらりとこちらを見るとすぐにその視線を海に戻した。黙ったまま、海を見つめていた。
「ご、ごめん。……ねえ、今日もボクの話しに付き合ってくれる?」
シオンはボクの頭を優しく撫でてくれてた。触れられた手にドキリと心臓が高鳴った。ポンポンと軽く二回、三回、触れてくれて。胸の奥が熱い。思わず背筋を伸ばしてしまった。ちらりと盗み見た顔はロスと似ているのに、どうしてこんなに違うんだろう。そ、そりゃ、シオンとロスは別人なんだから違うのは当たり前なんだけど。
空を見上げればまだ日は高い。ボクは今日も彼に一月分の出来事を語り始めた。


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