CLEA



あの日はあるクエストを受けたことから始まった。
それなりに大きな街の下水道にモンスターが住みつき、みんな迷惑をしているので討伐に向かった。
モンスターの目撃情報、報酬からしてボクでもなんとかなりそうだと判断し受けたのだ。
大抵ボスモンスターは下水道の奥にいるという定番を見事に再現してくれたそいつはそこにいた。
見た目は巨大な鼠だ。ただ鼠が進化をして熊並みの巨体を持っている。
目は赤くぎらつき口からは鋭利な歯が見えて涎を垂らしている。
戦いを挑んだがやはり苦戦を強いられた。いつもの調子 で戦士は相変わらず加勢する気はないらしい。
かといって魔王とはいえまだ子供のルキを戦闘には参加させるわけにはいかない。
本当はクエストを行う時にルキを同行させるのは心配だったのだが、そんなのは無用で
ピンチになればゲートを使って逃げることもできるので常に行動を共にしていた。
「お前戦士だろ!?ちょっとは戦えよ!」
「ほーら、オレと話してる暇があるならちゃんと戦わないと、死にますよ」
「さらっと笑顔で言うなー!」
でも、本当に正直きつい。見た目で判断すると痛い目に合うとはまさにこの事だ。
図体はでかいくせにすばしっこくて攻撃がなかなか当たらない。戦士なら攻撃魔法を使えるけど期待するだけ無駄だろう。
「アルバさん!!」
ルキの声が響き渡った次の瞬間何か強い衝撃が体に当たり、壁に強く打ち付けられた。
倒れる直前に長い尻尾が視界に入りそれが体に当たったのだと理解した。
崩れるように倒れ込み全身が痛い。吐き気がする。胃酸が逆流し口から吐き出してしまった。血が、混ざっている。
意識はあるが、立ち上がることができない。巨体が、ボクを見下ろしていた。鋭い爪がボクに狙いを定めた。
逃げなくちゃ。だけど、足が体が動かない。モンスターの腕がボクを目掛けて向かってきたその瞬間戦士が目の前に飛び出してきたのだ。
「!」
あっという間の出来事だった。巨大な剣を軽々と振り回し頭から足へと
一直線に斬りつけるとモンスターの悲鳴が木霊した。戦士とルキがボクの元へ駆け寄ってきて
す ぐに回復魔法が施された。温かな魔法の流れ。いつもなら、魔法なんて使ってくれないのに。
ぼんやりと、朦朧する意識の中思った。徐々に意識がはっきりして体もだいぶ楽になり自分の足でしっかりと立った。
「ありがとう、戦士」
「全く、本当に勇者さん、は…愚図、です、ね…」
戦士は膝を付き手を付き今にも倒れる寸前だった。呼吸は荒く顔色が真っ青だ。
「戦士!?」
「ロスさん!?」
「…まずい、ですね…毒に、やられた、かも」
戦士にいつもの余裕は感じられず顔色はますます悪くなっていく。よく見ると右腕を負傷していた。
血が指先からぽたぽたと滴り落ちていく。唇が紫に変色し始めていて、体が小刻みに震えだしていた。
「まさか、さっきボクをかばった時に…?ルキ、状態異常回復の薬を出して!」
「うん!」
ルキはゲートをくぐり、再びゲートから出てきて小さな瓶を受け取った。
急いで薬を戦士に飲ませるが一向に顔色が良くならない。即効性の効き目のある薬なのに。
「そんな、薬が効かない!?」
「 アルバさん、急いで街に戻ろう!」
大急ぎでボクらは街へと戻りすぐに病院へ連れて行った。大病院ではなく街の診療所だ。
けれど今から大きな病院に連れて行ける余裕も時間もない。待たされた時間はとても長く感じた。日が落ちてからしばらくしてようやく医師に呼ばれた。
「なんとか危機は脱しました。後2、3日入院して治療を行えば回復するでしょう。ただ、」
歯切れの悪い言い方だ。
「ただ、何ですか?」
「─…これはとても珍しい毒の特性でね。寝ずに一晩この解毒剤を二時間おきに飲ませてやらないといけないんです。
ですが、こちらも例の下水道のモンスターのせいで解毒剤は用意できたものの患者が押し寄せて人手が足りず猫の手でも借りたい状況で手一杯なんです」
ちらりと医師と看護師が目配せをした。
「つまり戦、彼を看てあげられないって事ですよね。それは、素人のボク達でも可能ですか?」
「はい 。解毒剤を 飲ませてあげるだけでいいので、できればお願いしたいのです」
「もちろんです。ボクがやります。…大切な、仲間ですから」
ボクは医師から解毒剤の入った瓶を受け取った。
「私も、私も一緒に手伝う!」
「ルキ、大丈夫だよ。戦士はボクが看てるから、一日中ずっと起きていなくちゃいけないんだよ」
「それくらい大丈夫だよ!起きてられるよ」
「だけど」
「…やだ。私も一緒にいる。私だって、私だって仲間だもん!」
ルキは俯いて悔しそうに下唇をきゅ、っと噛んだ。
「…ルキ……わかった。一緒に看よう」
「…うん!」
「申し訳けない。私は隣の診察室にいますから何かあればすぐに声をかけて下さい」
「わかりました」
病室に通されると痛々しい光景が目に映った。
割と広い病室でベッドはざっと6台はあったが空きがなく、床に布を敷いて看護師に看てもらっている者もいた。
戦士と似たような症状なのか、仲間のベッドに付き添っている冒険者を数名見かけた。
ボクらは戦士の眠っているベッドの横にある簡易椅子に腰かけた。顔色は良くない。
しばらくして目をうっすらと開けてこちらを見たがまたすぐに閉じてしまった。よかった。意識はあるようだ。まだ安全とはいえないけれど、少しほっとした。

ここからは持久戦だ。時間を気にしながら解毒剤を飲ませる度に体を起こしては飲ませてまた眠るの繰り返し。
額にはすごい汗の量だ。その度にタオルで拭ってやる。苦痛に歪められ辛そうにしている戦士に胸が痛む。早く元気になって欲しい、祈りながら一心にボクらは看病した。
「アルバさん、ちょっと寝たほうがいいよ。私がロスさん看てるよ」
時計の針は夜中の3時を指していた。部屋の中にいくつものランプの灯りが揺れている。少し寒い。ボクは身震いをした。
「大丈夫。起きていたいんだ」
「じゃあ私も一緒に起きてる」
「ルキ…無理しないで寝た方がいいよ」
「大丈夫」
だけどルキの声には張りがない。ルキだって眠くてたまらない筈だ。つい先ほどまでうとうとと船を漕いでいたのに。
ボクは戦士の顔色を伺う。相変わらず額には汗が浮かんでいるが心成しか顔色は良くなってきてると思う。
「ロス…」
いつもの憎まれ口は返ってこない。しばらくボク達は無言のままじっとしていた。
ルキもじっと戦士を見つめていた。
「─…あのね、前にアルバさんが怪我して熱出して倒れた日の事覚えてる?」
ルキは静かに語り始めた。
「ああ、あの時は参ったよな〜モンスターに襲われて戦士は助けてくれないし宿屋のベッドで二日も寝込んでたなんて。
ようやく回復してから貴方に回復魔法と薬を使う価値あると思ってるんですかって言われて散々だったよ」
「ロスさん、ずっとアルバさんの側を離れなかったんだ。今のアルバさんみたいに」
「え?」
ボクはルキの横顔を見た。
「ふふ、覚えてないと思うけど手を握ったり熱を測ったりして、常にアルバさんの体調気にしてた。
小さな村だったから薬なんて手に入らなくて、回復魔法も試したんだけど熱が下がらないって悔しそうにしてた」
「え」
確かあの時は、自力で治せとかなんと か言われた気がしたんだけど…そうだったんだ。
「食事とかなんだかんだ文句いいながらも栄養のつくものを用意してくれたの全部ロスさんなんだよ」
「そっか…」
「うん。とても不器用だけど、そんな優しいロスさんを好きになったんでしょ?」
「う、うん…」
思わずギクリとした。ルキってたまに本当に10歳?と思う発言するよな。
「ちょっと寒いね」
「そうだね。毛布もらってこようか」
「ううん、アルバさん温かいから平気」
ルキはそう言ってボクに寄り添ってきた。ボクらは肩を寄せ合った。
「きっと大丈夫だよ。だってロスさんだよ?」
「うん…」
「泣かないで」
「うんっ…ごめん…」
頬を伝い、ぽろりぽろりとこぼれ落ちた涙を右手で拭った。
ルキの前で泣くな。泣いたら駄目だ。わかっているのに、止まらなくて何度も何度も拭った。
「うっ…」
「戦士!?」
ボクらは身を乗り出した。とても苦しそうにうなされている。悪い夢でも見ているのだろうか。
起こしてしまった方が、いや、でもまだ解毒剤を飲ますには早い。戦士の瞳がうっすらと開いてボクを見た。
「せん、し?」
目が合った?ゆっくりと戦士の右手が上がりすぐにその手を両手で握り返した。掌がとても熱い。


「…クレ、ア…?」


心臓が、ドクンと嫌な脈を打った。
戦士の意識はまだ朦朧としているようで、瞳を閉じてしまい、また眠ってしまった。
ルキは黙ったままボクの側にいてくれる。ボクは戦士の手を振り解けずに握ったままだった。


初めて名前を呼んだ時、照れくさそうにぎこちなく笑ってくれた。
初めて好きだと伝えた時、顔を真っ赤にして絶句してくれた。
初めて夜を過ごした日はたくさんの初めてと喜びをくれた。


囁くように零れた名前。あんな戦士の顔、初めて見た。哀しそうで、辛そうな顔。
恋人同士と呼べる関係なのに、ボクは戦士の事何も知らない。
好きな食べ物も得意な事もどんな事に興味があるのかも、何も知らない。
どんな子供だったのか、どこに住んでいたのか、どうして王宮戦士になったのか。

戦士はいつもあの調子だから時々すごく不安になる。
だけどそうした変化を読み取って「不安にさせてすみません」と素直に謝られた時は
驚きと嬉しさのあまり心臓が止まるかと思った。

誰にだって知られたくはない過去の一つや二つはある。
全部を知りたいと思うのはわがままだってこともわかる。
だけど、無理だ。知りたい気持ちが溢れてくる。


クレアって誰なの?知りたい、…けど怖い。




二日後、順調に回復した戦士は無事に退院する事が出来た。
「いや〜ご心配をおかけしました。誰かさんを庇ったせいでまさか毒にやられるなんて思いもしませんでしたよ。誰かさんのせいで」
「ごめんなさいすみませんでした…」
すっかりいつもの戦士だ。
「ありがとうは?」
「は?」
「助けてあげたのにまだ一度も言われていないんですけど。とんだ最低野郎ですね」
戦士にものすごく呆れた顔をされた。
「言ったよ!?お前の意識がはっきりした時に言ったよね!?戦士の看病ずっと看てたのボク達だし!」
「え…看てたの」
「ルキちゃん!?なんでそんな驚いた顔するの!!」
地味にダメージが でかいんですけど。
「ありがとう、ルキ」
戦士はにっこりとほほ笑んでルキの頭を撫でた。
「え!ちょっと!ねえ!ボクは!?」
「えー…まさか撫でてほしいんですか。自分も寂しくてかまって欲しかったって言い出すんですか」
「そ、そうじゃなくて!ただ元気になって本当に良かったって思って!」
「さてと。これからどうしましょうか?当初の予定からだいぶ遅れてしまいましたが」
強引的に会話を終了し華麗に無視された。
「予定通り西の街に行ってみようよ。魔王の噂話とか色々聞けるかもしれないよ」
「魔王は君だよね!?てか、そうじゃなくてボクを無視して話し進めないで!」
「では、出発は明日にしましょう。まずはこの人を休ませないと」
バシンと背中を軽く叩かれた。
「え?」
「 目の下、酷いクマできていますよ」
「あ…」
確かに戦士の事が心配で、他にも色々と思う所がありすぎてここ2、3日はまともに寝ていない。頭がぼんやりしてフラフラしているのも事実だ。
「あ、ありがとう…でも、遅れを取り戻すなら今日中にでも出発した方が─」
まだ喋り終えていないのに戦士は溜め息を吐くとぐわっと右腕がボクの方へ向かってきた。殴られるっ!!と目を瞑ってしまったが体が宙に浮いた妙な感覚に驚いて目を開けた。公衆の面前で、姫抱きをされている。通行人達にくすくすと笑う声に驚きの声が混じっている。
「うわあああ!!!は、離せよお前!!」
暴れるがびくともしない。明らかに戦士の方が力が上なのだ。
「大人しくして下さい。この まま宿屋に連行します」
「うう…降ろして下さい。ちゃんと自分の足で宿屋行きます」
ボクは恥かしさのあまり両手で顔を覆ってしまった。きっと耳まで真っ赤に違いない。が、戦士は「勇者さんの反応が面白いんでこのまま連れていきます」とキラキラして楽しそうな笑顔でそのまま宿屋まで連行された。ベッドに放り投げられるとあっさりと眠りに落ちてしまい、目を覚ました頃には日はどっぷりと沈んでいた。
「あ、アルバさん。やっと起きたんだね」
椅子に腰を掛けて足をプラプラさせながらルキが言った。
「……今何時?」
「もうすぐ夜の9時だよ」
「そっか…」
まだ頭がぼーっとしている。ボクは目をこすりながらあくびをした。
「あ、そうだ、私今日は別室で寝るね。ロスさんと2人っきりにしてあげる」
「え、えええ?」
辺りを見回してみたが、そういえば戦士の姿が見当たらない。
「え、えっと、そういえば戦士は?」
「1時間くらい前に道具屋に行くって言ってたからそろそろ帰ってくるんじゃないかな。
そしたら久しぶりにいちゃいちゃできるよ!若い二人の邪魔なんてそんな野暮な事私しないよ」
「いや!あの!そんなことないよ!?」
声が完全に裏返ってしまった。
「覚悟決めろや」
「キャラが違うよルキ!」
「何を騒いでいるんですか。外まで声が丸聞こえですよ」
噂をすればなんとやら。戦士が紙袋を片手に戻ってきた。
「おかえりなさーい!」
「お、おかえり!」
「じゃあ私はもう部屋に戻るね!また明日ね」
そう言うとルキはさっさと別室に行ってしまった。二人っきり。幸いベッドは二つあるから安心だしって何が幸いなんだよ!いや、ど、どうしよう。
「気を使わせてしまいましたね」
「うん…」
はい、会話終了。重い沈黙だけが流れた。戦士も戦士でいつものノリで毒を吐いてくれればまだ気がまぎれたかもしれないが何も言わない。話したいことがたくさんあるのに上手く話すタイミングがつかめない。口を開きかけては、閉じてしまうの繰り返し。その間に戦士は装備品を脱いで着替えを済ませていた。溢れだしそうなやり場のない気持ち。ボクは後ろから戦士に抱きついた。
「勇者さん?」
「……心配、したんだからな」
「…はい」
そっと戦士の手がボクの手に重なった。指と指が絡んでくる。
「でもそれだけじゃないでしょう」
「!」
ボクは弾かれた様に顔を上げる。戦士はちらりと視線をこちらに写した。目が合ってしまい戦士の体から腕を離して数歩後ろに下がってしまった。
「貴方はオレが回復して意識がしっかりすればするほど不安定に見えました。心ここにあらずと言った感じで。今日なんてオレを避けて目もろくに合わせてくれない」
「…そ、そんなこと」
ボクの中に動揺が広がる。ボクは自分の靴、つま先を見つめたまま否定の言葉を言った。
「オレ以外の何を考えているんですか」
「違う、お前のこと以外じゃない」
まずい、鼻の奥がつんとなって目が熱くなってきた。泣くまいとボクは鼻をすすった。
「じゃあ何が原因ですか?」
「…それは」
「オレには話せないですか?」
「違う、そうじゃない!」
嫌だ、泣くな、どんどん涙声になってくる。
「じゃあなんなんです」
戦士の苛立った物言いにますます胸が締め付けられる。
もうごまかせない、嘘なんて言えない、覚悟を決めるしかない。


「……クレアって、誰?」


戦士の顔が強張った。明らかに動揺が見られた。あの、戦士にだ。
「前に、その、うなされていた時に…聞いちゃったんだ」
戦士は舌打ちをして、苦虫を噛潰した顔をした。
「─…地元の友人です」
「嘘!!」
「嘘ではありません。本当に─」
「そんな風には思えない、今だってあの時だってあんな…あんなに…寂びそうな顔をしていたのに…!」
「貴方に何が分るんですか。知った風な口を利かないで下さい」
戦士は苛立った声だ。
「分るよ!あんな辛そうな顔して何かあった事ぐらいわかる!!」
「だとしたらなんです?」
「え…」
「貴方には、関係のない事です」
関係、ない?関係ないだって?
「ボクは…ボクだって…!」
胸が痛くて苦しい。その先の言葉が出てこない。こんなにも好きなのに、ボロボロと涙が勝手に零れてきて、女々しい自分が嫌で何度も何度も拭っても止まらない。
「…嫌なんだよ、ひっく、嫌なんだ、ロスの中に、ひっくボク以外の特別の、誰かがいる、なんて」
「な…」
「わかってる、ひっく、酷い事我が侭言ってるって、ひっくわかって、る、けど!」
涙で視界が歪む。ぼやけた視界でも戦士が近づいてきたのはわかって、彼の右手が伸びてそっと涙を指で拭ってくれた。
「…すみません、言いすぎました」
そして強く、抱しめてくれた。ボクは戦士の胸に顔を埋めて、それでも嗚咽が止まらなくて。
泣きやむまでずっと背中を撫でてくれたその手つきが優しくて益々悲しくなった。
「時間をくれませんか」
戦士はぽつりと言った。
「…今は、話せません。ただこれだけは信じて欲しい。オレが初めて人を好きになったのも、貴方だけです。
貴方が初めてなんです、こんなオレでも、貴方は好きだと言った。貴方はオレに、…だから」
「ロス…」
ボクは単純だ。真剣に、素直に想いを伝えてくる好意が嬉しいなんて。
「本当に?」
「ええ」
「本当の本当に?」
ボクの左頬へと戦士の右ストレートが見事に決まった。
「しつこいですよ殴りますよ」
「事後…で、言ってんじゃねえよ…!お前さっきの素直さはどこへ─」
次の瞬間唇が重なった。何度もキスをしているのにそのキスにはためらいと優しさがあって、
ボクも戦士の背に腕を回しキスに答えた。しばらくしてゆっくりと唇が離れた。
「誰かに想いを伝えるって、こんなに難しい事だと思わなかった」
彼にとっては精一杯の答え。そんな戦士が堪らなく愛おしく思えた。
「ねえロス、今ここでその時が来るまで信じてるって口先だけで言っても、本当は不安だらけなんだ」
「相変わらず馬鹿ですね」
戦士は呆れたように言ってと小さく息を吐いたが、嬉しそうにも見えた気がした。
「うん、だからボクも頑張るよ。いつかロスの支えになれるように、色々と一緒に背負えるように」
「本当に、大馬鹿野郎です…」
そう言ってボクを抱しめてくれる戦士の腕はしっかりと力強く、僅かに震えていた。


それがいつになるかは分からない。でも、今は信じて待とう。
いつか話してくれるその日が訪れるまで。




──ロス退院日前日病室──


毒は抜けきり殆ど回復して普通に食事もとれるようになっていた。勇者さんは壁に寄り掛かって床に座り毛布を膝に掛けたまま眠っている。オレの横に、椅子に座っていたルキは静かに口を開いた。
「アルバさん、泣いてたよ」
「知ってる」
朦朧としてた意識の中で苦痛に歪められ悲しげな顔をしていたのは覚えている。
なんて顔をしているんですかとどついてやりたくてもできなくて。
「ずっと、ずっと泣いてたよ」
掛け布団の上からポス、と続きポカポカポカと小さな腕が何度も何度も太ももの辺りを叩いた。
「……ルキ」
「何をそんなに恐れているの?」
「…………」
オレは無言で包帯を巻いている左手を眺めた。
「怖い?また失っちゃうのが」
「お前今日はやけに喋るな…」
「だってアルバさん、見ていられないくらいにかわいそうだったんだもん。ロスさんももっとアルバさんに優しくすればいいと思うよ。二人は恋人同士っていうか、ただの友達?みたい」
痛い事をさらって言ってくれる。
「十分してるだろう」
ルキは頬を膨らませた。ちらりと勇者さんを見ればのんきに眠っているように見えるが実際はへとへとだろう。
ここ数日ろくに寝てもいなかったんだからな。時折、というか今日なんてほとんどぼーっとしている時間が多かった。
「アルバさんが泣いているのを見ているのは辛いよ。でもロスさんが辛いのも嫌だから」
「そうか」
「うん」
沈黙が流れる。ルキは小さな足をぷらぷらとさせている。
「…何も言わないのか?勇者さんに隠しごとをしているオレを」
「ロスさんが決めた事だもん」
「そうか」
「うん」

こんなことになるなんて誰が予想しただろう。
ずっと一人で全てを背負い込み一人で旅を続けてきた。
目的や使命を忘れてオレ1人が幸せになっていいはずがない。
あいつを助けるまでは絶対に。そう決めていた筈なのに。

楽しいんだ。あの人といると。嬉しいんだ。あの人が喜ぶと。
こんな感情が自分の中にあったことすら驚きなのに。
なにもかもが初めての経験で初めての感覚で、一度好きだと気付いたらその感情を止めることなんて敵わなかった。
正直あの人がオレのためにあそこまで心配してくれたのは心地よかった。
もっともっとオレだけを心配してオレだけを想ってくれればいいとさえ。
それと同時にあの人には笑顔が似合う。

今日の勇者さんは明らかにオレを避けていた。目も合わせないし、苛々していたりもした。
だから明日にでも聞いてみようと思うんだ。素直に何かあったのか?と………多分無理だろうな。

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  • 13.4.20

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