好き



「勇者さん、好きです」

初めて告白された時、新手の嫌がらせかと心底嫌な顔をしてしまったのを覚えている。
「何それ、何の冗談だよ、何企んでるんだよお前」
「嫌だなあ、素直に本心を伝えたのに」
「嘘つけ!」
「わたしもアルバさん好きだよ!」
「えへへ、そうなの?ありがとうルキ」
次の瞬間ロスの拳が腹に思いっきりクリティカルヒット!痛さのあまり体をくの字にさせてバタリと倒れこんだ。
「お、お前…なん、で」
「勇者さんのくせに調子に乗った顔がむかついたのでつい」
うわあものすごくいい笑顔。 なんでいつもボクばっかりこんな目に…!

それから毎日戦士は「好き」と言ってくるようになった。
朝起きた日に突然言われたり、モンスターと戦って絶体絶命のピンチに言われたり
本当に予測がつかない。何度も何度も「好き」と言われるたびにボクは警戒心を露わにした。
「アルバさんって鈍いよね」ってルキは言うけれど、そんなことはない。
だって本気で好きとかあいつが言うわけない。どうせからかわれているに決まっている。
ボクが嫌な顔をして嫌な思いをするのを楽しんでいるだけだ。本当に最低最悪。
その気になったらはいおしまい。馬鹿にされておしまいだ。
だけどいつの間にかすっかり意識してしまっていたのはボクの方で。
今では常に目が離せない存在になっていた。目で追いかけてはこっそりと盗み見たりする。
いつも戦士の事を考えてばかり。もしかしたら本当に、ボクの事を好きなんじゃないかって。
ちゃんと戦士の気持ちに答えたら、付き合ってくれって言ってくれるんじゃないかって。
そんな淡い期待に落ち込んで、傷ついて、そこで初めて自分の気持ちに気が付いてしまった。

ボクは、いつの間にか戦士の事を好きになっていた。

悔しいことに戦士はかっこいい。性格は歪んでるけど強いし行動力もあっていざという時には頼りになる。
だから、ますます嫌な気持ちになる。好きな相手に冗談で好きと言われたら、さすがに凹む。
そんな状況の中今僕たちは、とある街に立ち寄っていた。街に着いた頃には日が沈み足早に宿屋に直行し、なんとか一部屋抑えることができた。
だけど一人になりたくて、装備品を見に武器屋に行くと口実を作り一人で街へと繰り出した。
「はあ…」
なにやってるんだろう、ボク。慌てて出てきちゃったから変に思われたかな。
「そこのお兄さん!」
ぼんやりと歩いているといつの間にか賑やかな市場の方へと足を運んでいた。
夜なのに、あちらこちらと灯りが漏れ、人もたくさんいて活気にあふれている。
そんな市場の片隅に、小さな露店があった。
「ボクの事?」
「そうそう!どうだい?見てっておくれよ。安くしておくよ!」
そこは露店雑貨だった。女性が好むような色取り取りのアクセサリーが揃っている。
他にも旅人用に短剣やナイフが数本と色々と扱っているようだ。
「素敵な彼女にプレゼントってのはどうだい?あんたさっきこの街に来たばかりの
旅人だろう? ほら、小さな女の子を連れていたのを見かけたよ。あの子にはこの銀の髪飾りなんて似合うんじゃないかい?」
見せてくれたのは花の髪飾りだ。いやいや買うつもりなんてないしどうやって断ろうかと思っていたところ、あるアクセサリーに目に留まった。
それは、銀のチェーンに装飾が施され中心部にはキラキラと赤い宝石が光っていて、何かの紋章のような形をしたペアネックレスだった。
「お!お目が高いね!それは伝説の勇者クレアシオンの紋章をレリーフにしたものだよ」
「え?そうなの?」
「ああそうさ!うちの店でも人気も人気大人気!腕のいい職人に作らせてるからなかなか入荷しない代物なんだ」
「へえ…」
手にとってよく見てみると、宝石の色が一つは黒、一つはオレンジにも似た赤い宝石だった。
「ちなみに恋人とペアで身に着けると死ぬまで末永く幸せになれるというおまじない付さ。
ここだけの話、クレアシオンにだって生涯愛した女性がいたって話だ」
「まさか、そんな話し聞いた事無いよ」
「嘘だと思うだろ?ところがどっこい、実は大事な人がいてその人を守り助けるために魔王を封印したって噂だ。
こりゃ間違いなく女だろうよ!実際王都じゃ勇者の子孫と思われる連中が集められたって話しじゃないか」
「へえ〜〜!!おじさん物知りだね!」
本当はボクもその一人なんだけど、信じてもらえないだろうなあ。
「で、どうするよ!今買わなきゃ損だよ!!」
「え、えーと、今そんなにお金持っていないので…」
「特別サービスでさっきの髪飾りもつけちゃうよ!この値段でどうだ!」
安いのか高いのか相場がまるでわからない。だけどもしこのアクセサリーを買えば
なまくら剣でも3本は買える程の金額だ。決して安過ぎるわけでもない。でもこれで断るのも断りづらい雰囲気で。
「そ、それじゃあそれ下さい」
「毎度!!兄ちゃんいい買い物したね〜!」
結局押しに負けて、ボクはそのペアネックレスと髪飾りを買ってしまった。
ペアで付ける相手なんていないのに。どうしようこれ。一瞬戦士の顔が脳裏を過ったが慌てて首を左右に振った。
ボクは重い足取りで宿屋に戻ると、部屋には誰もいなかった。一室しかとれなかったから三人で一部屋だ。
二人ともどこかに出かけてしまったのだろうか。この時間ならルキだって眠い筈なのに。
まあ戦士がついているなら大丈夫だよなと、ボクは二つのうち一つのベッドに腰を降ろした。
グウと腹の虫が鳴る。そういえば、朝から何も食べていなかったっけ。
今日は一日中歩いていたから足の裏が痛い。旅に出た頃に比べればだいぶ体力はついたと思ったけどまだまだだな。
一人で食べに行くわけにもいかないし、ボクは先ほど買ったアクセサリーを小さな紙袋から取り出して手に取って見た。
好きな人と幸せになれるおまじない、か。戦士の目と同じ赤い宝石。あ、でもちょっとこれオレンジっぽい。

千年前、魔王と戦った偉大な勇者。彼の経歴については現代ではほとんど残されてはいない。
さっきの話しは本当だろうか。嘘かもしれない。でも、大切な人を守るために勇者になって戦うなんて、
本当におとぎ話に出てくる勇者そのものだ。どんな人だったんだろう。どんな人生を過ごしたんだろう。
………戦士にもいるのかな、好きな人。
毎日ボクに好きと言ってくれるけど、本気だったらいいのに。いっその事ボクが好きだと言ったらどんな反応をするのかな。
やっぱり馬鹿にされて終わるだろうな。ホント、素直になれる魔法があればいいのに。
そこまで考えて女々しい自分がすごく嫌になる。思い切ってこのネックレスプレゼントしてみようか。
う、うん。ルキにも買ってきてあげたんだし、二人に買ってきたんだーって普通にあげれば不自然じゃないし、うん。
「あれ、戻っていたんですか」
ドアを開けて部屋に入ってきた戦士の登場にビクリと驚いてしまった。
戦士はいつもの胸当ては外していて、黒シャツに赤いスカーフを巻いただけのラフな格好をしている。
「う、うん。おかえり。ルキは?一緒じゃないのか?」
「今は魔界に戻っていますよ。時期に帰ってく るでしょう」
「そっか」
ボクは今、戦士と二人きりだと知った現実にちょっとだけ緊張して背筋を伸ばした。
「なんですかそれ」
戦士はボクと向き合うように、向かい側のベッドに腰を下ろした。
「ああうん、さっき買ったんだけど、これ、クレアシオンの紋章なんだって」
「クレアシオンの紋章?」
戦士はそのネックレスを訝しげに見た。
「パチモンですよこれ。宝石もただのガラスっぽいですし」
「え!?偽物なの!?」
「だっさー勇者さんだっさー騙されて買っちゃったんですかあ?」
「違う!騙されて買ったんじゃねーよ!」
ボクは咄嗟に否定してしまった。
「本当ですか?てかそれペアネックレスって贈る相手もいないくせに買っちゃってブフー気持ち悪い」
「ああもうそうだよ!贈る相手なんていねーよチクショウ!」
嘘だ。本当は戦士にあげるつもりだったのに、自分で言っててなんか無性に虚しくないかボク。
「……あのさ、本当かどうかわからないけど、勇者クレアシオンには大切な人がいたんだって。
 生涯愛した恋人がいて、その人のために魔王を封印したんだって」
「どこでそんな話を聞いてきたんですか」
「お店の人」
「そんなの、商品を売り付けるためにでっちあげた話しですよ」
戦士は肩をすくめて呆れたように言った。
「あ〜やっぱそうだったのかなー…」
ボクはがっくりと項垂れた。
「だいたいクレアシオンにそんな浮いた話なかった筈です」
「うーん、言われてみれば確かに…子孫と思われる者を集めて勇者にするって話も結局のところはそれっぽい人数を多数集めただけだしな」
「勇者さんもその他大勢の一人ですけど」
「ああそうだよ!ボクも45番目の勇者ですよ!!」
「まあ歴史なんてものは都合よく改ざんされて、現代の世に残っている事が多いですから。
大体どうして色恋沙汰の話なんか…ああペアネックレスなんて買っちゃたんですよね!パチモンの!」
「そこ!楽しそうな声で何度も強調すんな!」
ホント、なんでボクはこんな奴の事を好きになってしまったんだろう。
「でも、伝説の勇者ってどんな人だったんだろうな。ボク、昔調べた事あったんだ。クレアシオンの事をもっと知りたくて」
「え?」
「と言っても教科書と図書館にあった本しか見てないけど、結局なんにもわからなかった。
魔王を封印したとか誰でも知っている事ばかり書かれてて、ほとんど謎に包まれてた人だった。
それでも、知りたかったんだ。ボクが勇者に憧れたきっかけになった人だから」
「……そうですか」
「うん」
あれ、戦士が珍しく反論してこない。「そんなに調べてもなんにも分らなかったんですかプフー」って
馬鹿にされるかと思ったんだけど何か、黙り込んでしまった。ボクは急に不安になった。
え、なに、この沈黙。空気重い。ボク変な事言ってないよな?
ふと視線をこちらに向けた戦士と目が合った。
「勇者さん」
「何?」
「好きです」
ボクの心臓は簡単に大きく飛び跳ねた。
「なっ…!!突然何んだよ!!」
「今日はまだ言っていませんでしたから」
「さらっと真顔で言わないで!なんか怖い!」
おまけに心臓に悪い。こんなことでドキドキしているボクもボクだけど、悔しい。
まともに戦士の顔が見れず、まだ両手の中にあるさっきまで見ていたペアネックレスをもう一度、見た。
今なら渡せるんじゃないか?これ。
「なあ、そんなに俺の嫌がる顔見るのが、楽しいのかよ…」
声が、震える。迷いはある、不安もある。けれど、今しかチャンスがないかもしれない。
「はい」
「人間として駄目だろそれ!!」
しまった、ついいつもの調子で何度目かの突っ込みを入れてしまった。
「本当ですから」
気持ちが揺らぐ。
「ねえ勇者さ─」
「待って!待てよお前ちょっと待て!」
「なんですか」
戦士は会話を遮られたせいで不機嫌な顔をした。再び口を開きかけたが閉じてくれた。
ボクはすーはーすーはーと深呼吸をする。緊張で心臓が高鳴っている。
ごくりと唾を飲み込んで、ぎゅ、っと手の中にあるネックレスを握った。
「手、出して」
「は?」
「いいから早く!」
「何する気ですか、まさか…!」
「ああもう!」
痺れを切らしたボクは強引にロスの右手を掴むと彼の掌の中にさっきのネックレスを落とした。
「………これ、あげる」
黒い宝石がはめ込んである方だ。こっちを選んだのはなんとなく、だけど。
「は?」
「だ、だから、あげる。い、いらないかもしれないけど、でも、その…べ、別にお前にあげるために買ったんじゃないからな!
ルキにも可愛い花の髪飾り買ったしこれは本当についでで、その、つい買っちゃっただけで!」
戦士はネックレスとボクを交互に見た。ズキン、と胸が痛い。怖い、馬鹿にされる。逃げてしまいたい。泣きそうだ。
不安な気持ちが心を占めていく。
「─…ありがとうございます」
それは、いつもの馬鹿にした笑い方ではなくて。本当に嬉しそうな、でも、どこか照れくさそうにしている笑顔に見えて。
スカーフを解いてネックレスを付けるその動作に見惚れてしまうのは仕方がなかった。
「これ、大切にします」
ああ、そんな風に笑うなんてずるい。優しくされたら尚更たちが悪い。
じわじわと顔に熱が集まっていく。顔に、体に、全身に熱が回ったみたいだ。
「ほんっとにお前もうなんなの!?」
「何がです」
「う、うるさい!!馬鹿!アホ!!ずりーんだよ!!」
「うわー逆切れとかうわー」
ボクは慌てて立ち上がり部屋から出ようとした。だってもう二人きりとか耐えられない!
悔しい。こんなに簡単に感情が揺さぶられるなんて。が、目の前に戦士が立ちはだかり、あっさりと妨害された。
右に左に目線を動かして無理やり通ろうとしたが力強く右手を掴まれてしまい、痛い。
「放せよ!」
「嫌です」
腰に腕が回され抱き締められた。ボクは驚きと戸惑いと嬉しさと全部の感情が処理できずにただただ動けずにいた。
そして互いに顔を見て、互いに見つめ合う。戦士がまっすぐにボクを見ている。ボクだけを見てくれている。心臓の音がドキドキとうるさくて、壊れてしまいそうだ。
「自惚れてもいいですか」
「…っ」
「─…いい加減聞かせて下さい。ねえ、勇者さん。俺の事、どう思っていますか?」
そんな聞き方、ずるい。ボクは下唇を噛んだ。『またその冗談?』『いい加減にしろよな』
何度も吐き出した自分の言葉がリピートされる。好きと言われる度に自分の気持ちを誤魔化すようにいつも逃げてきた。
向き合うのが怖くて、馬鹿にされたくなくて、曖昧な返事ばかりをしていた。だけど…
「期待、していいの…?信じてもいいの…?」
「何度も言ったでしょう。俺は貴方が好きです」
「………本気にしちゃうよ?」
額と額がぶつかって、目の前に戦士がいる。ボクは戦士の腰に両腕を伸ばして絡ませた。
「して下さい」
ボク達は互いに顔を近づけて唇を重ねた。ボク達は、初めてキスをした。
正真正銘、ファーストキスだ。口から心臓が飛び出してしまいそうで、だけど離れたくなくて。
触れるだけのキスだったけれど、なんだか恥かしくて、照れくさい。
きっとボクの顔も真っ赤だろうけれど、それ以上に戦士の照れた顔を見れただけでも貴重な体験だ。
「へへっ」
「なんです」
「なんか、戦士が可愛い」
「ぶっ飛ばされたいですか」
そんな頬を染めた表情で言われてもちっとも怖くなんかない。
「あのね、戦士。……好き、だよ」
やっと伝える事が出来た本当の気持ち。戦士の顔が近づいてきたけれど、再びキスが降りてくる事はなかった。
ルキのゲートが空間に現れた瞬間ボクは咄嗟に戦士を突き飛ばしてしまった。





「ああそうだ勇者さん。さっきのクレアシオンの話しですけど、彼には恋人がいたんじゃなくて、できたんですよ」
「は?お前何言ってんの?」
「恋愛する気にすらならなかったですから」
「戦士…?」
何が言いたいんだ?ん?ちょっと待てよ。
「あー!!またそうやって嘘の話しをしてボクを馬鹿にしようっていうんだな!騙されないからな!」
「チッ。いえ?そんな事ないですよ。俺正直者ですから」
「今舌打ちしだろ舌打ち!!」
さっきのムードはどこへいった。ルキが戻って来てからすっかり毒を吐きまくってるいつもと変わらない戦士だ。
「なんですか。せっかく人が親切に話してあげているのにアバラ折られたいんですか、そうならそうと言ってくれれば喜んでボキボキにしてあげるのに」
「やめて!!」
「ねえねえ何の話し?」
ルキが言った。
「勇者さんが馬鹿で気持ち悪い変態だって話しです」
「そんな話一言もしてないよね!?」
「そんなことよりそうそう、ルキにプレゼントがあるんですよ。露店で見つけたんですが、似合うと思って」
そう言って戦士がルキに手渡したのはあの花の髪飾りで。
「ちょ、それボクが買ってきたやつだろ!!」
「わー!可愛い!ありがとうロスさん!」
「いえいえ」
「だからそれボクが買ってきたんだってば〜!」


こうして今日も夜が更けていく。
ボクが戦士の言葉の真意を知るのは、もう少し先のお話し。

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  • 13.4.13

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