再会





世界にそこそこ平和が訪れた今、ボクはまた牢屋の中にいる。
一人でここにいると退屈で寂しさもあるけれど仕方がない。
お城の人が色々と本を持ってきてくれたけどさすがに読み飽きてしまった。
ロスも今頃クレアさんとどこをどんな風に旅をしているんだろう。
ロスとルキと三人で旅をしたのがつい昨日の事のように思い出せる。
あの頃の様に旅をすることはできないけれど。ボクは小さなため息を吐き出した。

『ボクは…残るよ』

自分で決めたことだ。行かないって。なのに、チクンと胸が痛んだ。
しばらくして兵士の甲冑の音 が耳に届いてボクは顔を上げた。
松明の明るさと、二つの影が近づいてくる。誰だろう。一人は見張りの兵士だった。
「面会ですよ」
兵士は僕に声をかけた。そういえば今日から家庭教師が来ることになっていたんだっけ。
なんでも魔法の事を色々と教えてくれるそうだ。勉強は苦手だけどお城の人間以外と話をするのは久しぶりだし
色々と外の世界がどうなっているのか聞いてみたい。
「え」
けれどボクは兵士に続いて姿を現したその家庭教師を見て固まった。
だってそれは僕がさっきまで、ここに入ってからもずっと気になっていた人で。
「─ロ、ス…?」
「どうもー今日から魔力の使い方すら知らない勇者さんに親切に教えてあげる家庭教師でーす」
「軽っ!!ひどっ!!」
ワザとらしく棒読みで「すら」を強調し簡単な自己紹介をした彼は間違いなくロスだ。
「なんで!?どうしてロスがここに!?」
「なんでって今言ったじゃないですか。馬鹿ですか?というか貴方なんでまた牢屋に入ってるんですか。
どんだけ好きなんですか、牢屋フェチですか」
「好きで入ってんじゃねーよ!!じゃなくて、ボクの魔力は世界に影響を与えてしまうから、それで…」
「知ってます」
「だったら聞くなよ!」
僕の意思なんてお構いなしにロスは牢屋の中に入ってくると大量の本をどかどかと机の上に置き始めた。
「さっさと始めますよ 」
「え?」
「そんなところにつったってないで早く座って下さい。わざわざこの俺が勇者さんのために来てやってるのに」
「何その上から目線!!」
ロスが無言で笑顔のままこっちに向かってくる。ドスッと右脇腹に拳がヒット。痛さのあまりそのままバタリと倒れこんだ。
あれ、おかしいな?ボク、ここに投獄(封印)される程の魔力持ってるのになんでこんなことになってるの。
ロスはボクの右手首を掴むとよろよろと立ちあがるボクを無視して引きずられるように机に向かった。
こうして脇腹の痛みを全く無視したまま勉強が始まろうとしている。
しばらく会っていなかったにも関わらず本当に何事もなく普通に。
「あの、その前にもの、すごく、腹が痛いんですけど」
「 ええ、痛みが残るほど思いっきり殴りましたから」
「お、お前なあ!!…っっ」
自分で突っ込んでおいて激痛が走るわ涙目になるわでもう散々だ。
まだ不慣れだけど自分で自分に回復魔法をかけてみた。
大丈夫、トイフェルさんの時も上手く肩治せたし、…ああ徐々に痛みが引いてきた。
「わあ!勇者さんすごい!回復魔法使えるんですね!」
ものすごく馬鹿にした言い方。ああもうこいつ本当にうぜえ!
「まあ冗談はここまでにしてそろそろ真面目に始めますよ。そこの教科書開いてください」
「冗談じゃないよね!?絶対本気だよね!?」
なんだかんだで今度こそ一対一の授業が始まった。
時々馬鹿だの頭悪いだの悪口を本人の目の前で叩かれるが教え方も解りやすくて上手い。
「─…で、ここはこうして」
……でも正直勉強よりも話がしたい。
だってせっかく久しぶりに会えたのに、いきなり勉強とか。いや、大切だけども。
「んー……なあ、ここ難しい」
「どこですか、ああここは─」
ロスが身を乗り出してボクの手元を覗き込んでくる。
一気に距離が縮まり今にも顔と顔が触れ合ってしまいそうでドキリとした。
ロスの声が耳元で聞こえる。あ、あれ、なんだろ。ドキンドキンと心臓の音が鳴りやまない。
なんでこんなに緊張するんだろう。なんか、いい匂いがする。てか、顔近すぎるよ!
あまりの距離にロスの横顔を見ていると視線に気が付いたロスがこっちを見てばっちりと目が合ってしまった。
「何見てるんですか」
「べ、別に!」
ボクは慌てて手元のノートに目を移した。いけない、集中しないと。
「勇者さん違います。ここ間違ってますよ」
赤ペンですらすらとノートになにやら正しい文字を書き込んでいく。
魔法を使用する際に必要な呪文の言葉の文字らしいがぶっちゃけ読めない。
魔力、魔法の効果など口で説明されてもまだ初日なのだ。
一生懸命耳を傾けてノートに書き写す事で精一杯。
「はあ…なんですかこのミスの量。スペル間違ってます。ここも、ここも」
容赦なく訂正の文字が書き足される。つか、全然集中できないんですけど。集中できるわけない。
「文字もまともに書けないんですか」
「ち、違うよ!ただ、ロスちょっと顔が近いっていうか、なんていうか… 」
「は?なんですか?最後聞こえなかったんですけど」
「だからもう顔近いって!」
ボクはなんとか首を反らしてロスの肩を押し返した。
「そんな事を気にする余裕があるならさっさとここ、書き直して下さい」
ロスは気にもせずにさっさと身を引いて隣に置いてあった椅子に腰を掛けては手元の教科書を読んでいる。
平然と勉強を再開するロスがなんだかちょっとむかついた。





「─…はい、まあ初日ですから、ここまでにしましょうか」
「は〜…やっと終わった!」
ボクはペンを手放し、背伸びをした。
「はい、どうぞ」
ロスがパチンと指を鳴らすとなんと机の上に二人分のコーヒーが現れた!
「へー!魔法ってこんなこともできるんだ!」
「ええまあなんでもありですから」
「ありがとう、じゃあ早速─」
と、ボクはカップに手が届く寸前で止めた。疑惑の目でまじまじとコーヒーを見つめる。
だってあのロスが出した飲み物なんて飲んで大丈夫なのかこれ。
「残念なお知らせですが毒ははいってません」
「いれんなよ!…本当に大丈夫なんだろうな」
「別にいらないなら捨てるだけです、あーあせっかく勇者さんの為に用意してあげたのに」
「飲まないなんて言ってないだろ!」
カップを取って恐る恐る口に運ぶとコーヒーの香りが鼻を通り口の中に広がった。
変な匂いも味もしない。普通のコーヒーだ。砂糖とミルク入りの。
「あ、美味しい」
「誰が用意したと思っているんですか」
「だって明らかに怪しいじゃん 」
次の瞬間近くにあった本でスパンと頭を殴られた。
「いった!!なんで殴るんだよ!」
「なんかむかついたもので」
「日頃の行いのせいだろ!」
これ以上言うとまた殴られそうな勢いだったのでもう言い返すのは止めた。
それにせっかく出してもらったんだ。ありがたく頂こう。
「………まあでも、まさかロスが来てくれるなんて思ってなかったから、嬉しかった」
「へ ー」
「なんだよ、その返事。言っとくけど本当なんだからな、…本当に、会いたかった」
自分で言ったくせになんだか照れくさくなって。
ボクは照れ隠しを誤魔化す様にズズっとコーヒーを口に運んだ。


「ええ、俺も会いたかったです、勇者さん」


今、なんて言った?ボクの耳は正常か?ロスはロスで至って普通にコーヒーを飲んでいる。
「気持ち悪い」って嫌味の一言でも返ってくるかと思ったら素直に返されてなんだかちょっと、戸惑う。
ううん、戸惑うどころか……
「なんですか、人の顔をじろじろと見て」
「あー、えっと、うん、なんだろ、嬉しいからかな?ドキドキする」
ロスが絶句した。ピクリとも動かずに呆然とボクを見ている。
「な、なんだよ!しょ うがないだろ!本当にそう思ったんだから!」
ロスは持っていたカップを受け皿に戻すと盛大に深くため息を吐いた。
「…あんた、意味分かって言ってるんですか」
「意味?」
「いえ、分かるわけないですよね。なんでもありません」
「なんだよ、何が言いたいんだよ」
「……」
ロスは口を開こうとしない。不機嫌な顔になってしまって、足を組み直し腕を組んだままそっぽ向いてしまい
何故かこっちを見ようともしない。ちょっと怖い。微妙な沈黙が流れること数秒。話を切り替える口実ではないが、
何か喋らないと気まずい。そうだ、旅の話を聞こう。ずっと聞きたかった事だ。と、口を開きかけたその時だ。
「あのさ、ロス。せっかく来たんだからもっと話をしようよ。ボク、 旅の話が聞きたいな」
「……そうですね」
ロスは少しずつ、少しずつ話してくれた。旅先での事。クレアさんの事。外の世界の事。
特にクレアさんの事になると楽しそうに話してくれる。ロスが笑っている。ボクはそれだけであったかい気持ちになる。
なのに、胸の奥がチクンと痛んだ。
「─……あのー、お取込み中すみませんが、そろそろ面会時間終了なんですけど…」
話の途中で申し訳なさそうに見張りの兵士が声をかけてきた。
「え、もうそんな時間?」
「そうですか。それでは勇者さん、はいこれ宿題です」
どこから出してきたのであろう大量の問題集をドサッと机の目の前に置かれた。
「なにこれ多くない!?」
「まさか終わらないなんて言わないですよね?勇者さんが宿題もできないなんて言いませんよね?」
「うぐっ…ちゃ、ちゃんとやるよ!」
ロスは立ち上がるとさっさと鉄格子の出入り口へと向かってしまった。ボクは慌て彼の後を追った。
「…あの、今日はありがとう」
「ええ」
ちらりと見張りの兵士を見ると鍵の束を取り出していつでも
鍵を開けて閉められるように準備をしていた。ロスが帰っちゃう。
「それじゃ、勇者さん。また一か月後に」
ロスが行っちゃう。
「うん…」
また、ここに一人きり。


「─…もっと、一緒にいたい」


その瞬間ボクは内心かなり焦った。ぽつりと零れたそれに、ロスは反射的に振り返り目を見開いたのだ。
「あー!!えっとなんでもない、なんでもないよ、うん!!」
なんとか笑顔を作り、明るく声を出した。
「勇者さん」
「何言っちゃってるんだろボク、ほらほら、早く帰らないと!クレアさん待たせてるんだろ!」
「…………」
ボクはロスの背中を両手で押しながら牢屋の出入り口へと促した。
ロスは外に出てしまう寸前で足を止めてボクの方へ振り返り、じっとこちらを見ていた。
無言で見つめてくる視線が痛い。何か言いたげに訴えかけてくる赤い瞳。
現実ではほんの数秒だけだったのかもしれない。だけどその時間がとても長く感じた。
けれど、彼 の口から告げられたのは別れの言葉だけだった。
「……そうですね。それではまた一月後に」
「ああ、またな!」
ロスの背中を見送って、ガシャンと牢屋が閉場される音。
遠ざかる足音と見えなくなっていく影。それが完全に見えなくなってしまった所で
ボクはその場に崩れる様にしゃがみ込んでしまった。両膝を抱えて顔を埋める。
ちらりと見張りの兵士がボクの方を見た気がしたが今はそんな事を気にする余裕なんてない。
ここに残ると決めたのはボクなのに。言ったらいけなかったんだ、一緒にいたいなんて。

本当はロスと一緒に旅をしたかった。一緒に行きたかった。だけどそんな事言えない。言えないよ…。
ただボクは、ロスが、シオンが笑顔でいてくれるなら、…それだけで。






──とある街の宿屋の一室──




「あ、お帰りシーたん。どうだった?アルバくん元気だった?って
なんかすごい疲れた顔してるよ、どうしたの?」
「……寝る」
俺は部屋に入るなりベッドへ直行し、乱暴に靴を脱いでベッドに転がった。
「ええー!?まだ外明るいよ?何か食べに行こうよ、お腹空いた!」
「…適当に一人で行ってこいよ」
「そんなのつまんないだろ」
ゆさゆさと体を揺すられたが、クレアに返事を返す気にも殴る気にもならなくて、静かに目を閉じた。


『嬉しいからかな?ドキドキする』


抱しめそうになった。思いっきりこの腕の中で。
本人が無自覚なのがまた腹が立つ。あんなの俺を好きだって返事してるようなもんだろ。

あの人がまた牢屋に入っていると知ったのは旅に出てからしばらく経った後だった。
その理由を知った時、真っ先に沸いた感情はただ『会いたい』それだけだった。
だが会ってどうする?素直に一緒に来いとまた誘うか?いや、そんな事をしても
あの人はきっと断るだろう。そういう人なのだ。あの人が自分で決断して残ると決めた事に
俺がどうこう言える立場でないことは俺自身一番わかっていたことだ。けれどそんな時だ。
勇者さんの家庭教師をしないかと依頼の話が飛び込んできたのは。
俺は二つ返事でそれを引き受けた。もう一度、あの人に会うために。あの人に会えるなら口実なんてなんでもよかった。
「アルバくんとなんかあった?」
「…………別に」
「勢い余って好きだって告白しちゃった?…っ!!ひたいひたいよひーしゃん!!」
寝ていた俺に顔を近づけてきたクレアの右頬を思いっきりひっぱってみた。
「シーたんって本当に不器用だよね。本当は一緒にいたくてたまらないくせに。一緒にいたくてたまらないくせに!」
「うるさい黙れ」
二度も言うんじゃねえよ。
「素直に好きだって告白して、そんでもって誘拐でもなんでもして連れてきちゃえばいいのに。
そりゃ色々と今のアルバ君の状況考えたら難しいけどさ。そこはシーたんがなんとかすれば
なんとかなるよー!アルバくんが旅に加わったらきっと楽しいだろうなー!だってアルバ君はシーたんの勇者様だよ?」
にやにやと笑っているクレアにはとりあえず腹を殴っといたら大人しくなった。
あの人の魔力がコントロールできるようになったら、その時は…。



次に会えるのは、一ヶ月後。

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  • 13.4.12

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