やきもち



携帯の時刻は夜の7時前。僕は今新宿駅構内で見事に迷っていた。初めてきたとはいえなんとかなると思っていたが甘かった。
なんでこんなに構内が広すぎるんだろう。田舎の駅とは大違いだ。臨也さんと東口の改札前で待ち合わせだったけれど
約束の時間は過ぎる所だった。彼に電話をかけたが留守電になってしまった。仕方がない、メールを送ろう。
『すみません、少し遅れます』
携帯をポケットに突っ込んで歩きだす。まずは案内図だよね、
どこにあるんだろとうろうろしながら歩き始めた所に
着信音がバイブと共に鳴り響いた。臨也さんからだ。

「あ、もしもし」
『今どこ?』
「それが迷ったみたいで…えっと、…アルタ方面って東口ですよね?」
『そうそう』
「もうすぐ行きますから」

遠目に改札口が見えてきて自然と速足になる。

『あ、見えた見えた』
「え?」
『帝人君発見』

きょろきょろと辺りを見回すと改札口の向こう側で臨也さんの姿を見つけた。
けれど彼は一人ではなかった。僕の心に影が過る。隣には女性が一人、人が多いからそう
見えただけかと思ったけれど改札を抜けて近くまでいくとそれは疑問から確信に変わった。
茶髪に肩にかかるほどのストレートな髪、肌も白くて僕からしてみたら綺麗だなと思う人だった。

「ごめんなさい、遅れてしまって」
「大丈夫だよ」
「誰?弟さん?」
女性の問いかけに僕と臨也さんは思わず目を合わせた。

「まさか!彼は俺の運命の人」
「なっ…!」
「くすっ、あらそうなんだ。それじゃ邪魔しちゃ悪いわね、私はここで」

女性は口元を僅かに緩めて微笑んだ。

「ああ。またね」
「ええ」

それはとても自然な行為で。臨也さんが女性を抱き寄せると彼女の頬に軽いキスを落とした。
そして彼女も臨也さんの頬にキスのお返しをした。まるで恋人同士の別れのように。二人が離れると
彼女は小さく手を振ると駅構内へと歩き人ごみの中に紛れていく。僕の心と目は彼女の背を捕えてしまっていた。

「さて、と。じゃあ行こうか」
「は、はい…じゃなくて!!」
「彼女は冗談としか受け取っていないさ」
「だとしてもふざけすぎです!そ、それに今…」
「あっれーやきもち?」
「…はあ。もういいです、行きましょう」
「否定しないんだ」
「ええ、事実ですから」

臨也さんはきょとんとした顔をしたがそれはほんの一瞬で「そう」と返し先に歩きだした。
僕もその後ろを追いかける。どうしてか彼の隣を歩けずにいた。ああ、僕、ショックを受けてる。
それも思ったよりもダメージが大きい。自分でもびっくりだ。

「あ、あそこがアルタ前」
「…すごい人なんですけど」

アルタ前は待ち合わせの人々でとても混雑していた。

「昼なんかいいともやってるから芸能人見たさにもっと人集まるよ。
 俺この前いいとも少女隊のナオミ見たな、普通にその辺歩いてたし」
「へえ…」
「ねえ、手繋ごうよ」
「嫌ですよ!」

臨也さんが女性にキスをした光景が脳裏を過る。

「大丈夫大丈夫」
「ちょ、勝手に繋がないでください!」
「あーあー解かれちゃった」
「……………」

僕は歩く足を止めた。

「どうしたの?」
「わかっているくせに」

睨むように囁くと彼は返事の代わりに困ったように笑った。

「ちゃんと言ってくれなきゃわからないよ」
「…、臨也さんていままでに付き合っていた人いたんですか?」
「いないわけないでしょ」

心は素直に反応を示す。ちくりと胸が痛んだ。

「そうですよ、ね」
「これでももてたんだよー俺。男女問わず」
「ええ、顔だけはいいですもんね」
「帝人君」

臨也さんは立ち止まる。自然と僕の足も止まる。彼はずい、っと顔を近付けてきた。

「ショックだった?」
「別に」
「嘘。明らかに落ち込んでるでしょ」
「そんなんじゃありません!」
「向きになると墓穴掘るよ」
「…っ」

この人はいつもそうだ。嘘なのか本気なのかこちらの出方を楽しんでいる。
初めて好きだと言われた時もただからかわれているだけだと相手にしていなかった。
だけど、臨也さんにとって僕は今どんな位置に置かれているのだろう。
ただの人間観察だけなのかもしれない。それでも、こうして一緒にいる機会は
格段に増えている。

会いに来てくれるたびに
メールをくれるたびに
それだけで心が温かくなる。

自惚れて、勘違いしてしまいそうで。

「さっきっからなににやにやしているんですか」
「嫉妬する帝人君って可愛いなーって。ま、だからわざとキスしたんだけど」
「最低ですよあなた!」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「うざいです」
「あははははっ」

だから欲張りが出てきたのかもしれない。
僕だってもっと彼を知ってもいいんじゃないかって。

「でもね、本気になっちゃったから尚更後に引けないんだよねえ」
「嘘つき」
「えー俺こんなに尽くしてるのに!」
「えーってなんですかえーって可愛くないです」
「俺さ帝人君と一緒にいられるだけで楽しいよ」

だったら軽々しくキスなんてしないで。

「臨也さん」

僕は臨也さんの手をぐいっと引いて彼の頬に唇を押しつけた。
それはすぐに離れてしまったけれど、彼は今度こそ本当に呆けた顔をした。

「…え、え?」

珍しいものが見れてちょっと得した気分になる。
だって動揺している臨也さんを引き出させたのは僕だから。

「しょ、消毒です…!」

僕は恥ずかしさのあまり逃げるように再び歩きだした。
だってこんな顔彼に見られたくない。きっと耳まで赤い。
けれどそれは叶わずに臨也さんの手が僕の右手を掴んで強く握り返した。

「君って本当に俺を喜ばすのが上手いね、敬意を表するよ。もう我慢の限界、抱きしめたいキスしたい触りたい」
「………ここじゃ嫌です」
「よし、わかった。いますぐ近くのラブホ─」
「黙ってください!」

強がってはみるものの恥ずかしさが込み上げてくる。
臨也さんは繋がれた手は解いてくれそうにない。
僕は自分の靴とコンクリートを見つめながら歩き続ける。
臨也さんの顔は見たくなかった。

僕はなんでこんな厄介な人を好きになってしまったんだろう。

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  • 10.4.5

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