いってらっしゃい



ふと目を覚ますと自分の部屋ではない天井が目に入り自分のせんべい布団よりも
やけにふかふかなベッドの感覚に意識が沈みかけたがなんとか踏み止まった。
そうだ、臨也さんの家に泊めてもらったんだった。まだぼんやりしたままの僕は
のろのろとベッドから降りて寝室を出た。部屋の住人はとゆうとパソコンを前に座っている。
ボードを打つ音が聞こえてきた。そして、一気に覚醒した。

「では次のニュースです。昨日─」

地デジチューナー付きのパソコンからはテレビの音が漏れている。

「おはようございます」
「ああ、おはよ」
「…寝てないんですか?」
「そんな事ないよ。2,3時間くらいは」
「ほとんど寝てないじゃないですか」

僕はため息をついた。泊った時は大抵臨也さんの方が先に起きていて後から僕が起きてくるというパターンだ。
稀に一緒に寝ている時もあるけれどあまりそうしたくないらしい。理由を聞けば彼曰く
理性がもたないから、とはっきり言われた。嘘か本当かは別として言われて悪い気はしない。
けれど今日は違った。普段とは180度、いや360度違う折原臨也。

その1眼鏡をかけている事。
その2スーツを着ている事。
その3ネクタイもきちんと絞めている事

眉目秀麗な顔立ちをしている彼はどこかのエリート社員のようだ。
黙っていればそれなりにかっこよく見える。女性達の注目の的だろう。

「…どうしたんですその格好」
「似合う?」
「目、悪いんですか?」
「うん、遠視なんだ」
「遠くの物が良く見えて、近くの物がぼやけて見えるという?」
「それ間違いね。正確には遠視の眼は遠くの物も近くの物もぼやけて見えてしまうんだ。
ま、俺は弱い方だから君が言った通りの症状だけどね、強いと遠くもぼやける」

ああ違う、僕が言いたいのはそうじゃなくて

「その、なんか、別の人みたいで驚いたんです」
「惚れ直したでしょ。リーマンっぽいでしょ」
「真面目に働いている人に失礼です」
「ひどいなあ」

そう言いながらこの人は笑っている。

「コーヒー淹れましょうか」
「ありがと、でもごめんねーそろそろ出かけないと」

そこで彼はボードを打つ手を止めて立ち上がった。

「昼までには戻るから好きに寛いでていいよ。
 お腹が空いたらデリバリーでも自分で作っても」
「じゃあ、一緒にお昼食べましょうよ。作ります」
「ほんとに?やったね!」

臨也さんは子供のように喜んでくれて、僕もつられて笑顔になる。

「リクエストがあれば」
「和食がいいな。前に食べた油揚げと大根の味噌汁美味しかった。中華屋風野菜炒めもなかなか」
「わかりました」
「うん、楽しみだな」
「いってらっしゃい」

玄関先で小さく手を振る。彼はじ、っと僕を1,2秒見つめるとチュッと唇を奪われた。

「いってきます」

じわじわと顔に熱が上がる。遠くなっていく彼の背中を見つめながら
僕ってまだまだ子供だなってつくづく思った。

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  • 10.3.22

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